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 一体、どうしたのか。
 恐る恐る目を開けてみれば、やはり殴るつもりだったのだろう。埃が舞う中で、蓮田さんは拳を振り上げ固まっていた。

「……なんだ、コレ」

 まさにそんな表情。驚愕に目を見開いてる蓮田さんの気持ちを代弁するように、左隣の針鼠頭の人が言う。すぐ後に、右隣の体格の良い人が続いた。

「これって……キスマーク?」

 聞こえた言葉に目線を辿れば、それは俺の胸元で。弛くなってた三つのボタンが弾け飛んだようだ。蓮田さんの手によって引っ張られてるシャツは、辛うじてネクタイに支えられながら前が大きくはだけていた。

「っわぁ!」

 俺は蓮田さんの腕を払い、襟元を手繰りよせて後退った。だけど後ろは壁だったようで、すぐに行き止まってしまう。
 見上げれば、固まったままの蓮田さんの横で、二人が厭らしい笑みを浮かべていた。

「おとなしそうな顔して、ヤる事はヤッてんだな」
「てか、どんな女だよ。そんだけ付けるのって、超こえー」

 揶揄するような言葉に、熱が頭に集まる。
 白日の元に晒された俺の胸元には、樹に付けられた鬱血痕が消える事なく大量にあった。
 相手がバレてないのは幸いだけど、情事の痕跡を人に見られた事が恥ずかしくて堪らない。

「気が変わった」

 言葉を失っていた蓮田さんが呟く。

「殴るより、犯してしまおうか」

 今度は俺が言葉を失った。
 聞き間違いかと耳を疑う。それは俺だけじゃなかったようで、

「……冗談だよな?」
「相手……男だぜ」

 蓮田さんの横で声が二つ引きつっていた。二人を蔑むように、至極真面目な顔で蓮田さんは言った。

「元からそのつもりだったじゃないか」
「でもそれは、女の場合で……」
「気が乗らないなら見てればいい」

 ジリ、と縮められる距離に、俺は首を振る。

「や、……いやだ……」
「いいね、その反応。そそられる」

 蓮田さんは歪んだ笑みを作った。早く逃げなきゃと思うのに足が竦む。俺は手繰り寄せたシャツを握り締め、近付いてくる足音に身を縮めた。
 その足音に低い機械音が混ざる。
 ブーンブーンと虫の羽音のようなそれは、俺の腰元のバッグから。
 携帯のバイブレーションだ。

「気付かれたか」

 蓮田さんが舌打ちをする。
 電話かメールかわからない着信。相手は樹だろうと思った。
 その途端、不安に襲われる。樹は大丈夫だろうか。
 もし俺が逃げ出したら、攻撃の矛先は樹に向けられるかもしれない。

 怪我をした女子生徒を思う。

 彼女は今ごろ、病院のベッドに横たわってるのだろうか。軽傷と聞いたけど、顔に怪我をしてなければいいな。女の子が顔に傷を作るのは、一生物の心の傷になるだろう。

 そんなの嫌だ。

 これ以上、誰かが傷付くなんて、嫌だ。

「樹に、……手を出さないで、くれますか」

 蓮田さんが足を止める。


「弟や他の人には、……手を出さないで下さい」
 
 俺はショルダーバッグを肩から下ろして地面に置いた。言ってる意味が通じたようで、蓮田さんは成る程ねと漏らす。

「殊勝なお兄さんだ。本当、恵まれてる。……アイツには勿体ない」

 悔しそうな、妬ましそうな、どちらとも言える色を浮かべた無表情での言葉。
 勿体ないなんて、初めて言われたな。

「よく見れば、かわいい顔をしている」

 蓮田さんの声と、俺の顔を上向かせる時に擦れた衣服の音だけ嫌に響く。いつの間にかバイブレーションは止まっていた。

「、ん……」

 俺のネクタイをおもむろに解きながら、蓮田さんは首元に顔を埋め鎖骨を舐める。ねっとり伝う舌が気持ち悪くて声が漏れた。
 蓮田さんは喉で笑う。

「いい声を出すね。それに、……表情も」

 顔に流れた髪を耳にかけながら、少し低い位置から俺を見上げ目を細めた。
 俺の嫌悪の表情は、彼の頭の中で都合良く変換されてるのだろうか。そんな疑問はシャツの中に滑り込む冷たさに凍りついた。

「〜っ、」

 脇腹を撫でられる感触に声を飲み込む。悪寒が背中をかけのぼった。無意識に逃げようと身を捩ってしまい、蓮田さんに笑われる。

「今さら怖じ気ついたのかい?」

 からかうような言葉が悔しくて、ささやかな抵抗だろうけど視線を強めて蓮田さんを見れば、間近に影が佇んでいるのに気付いた。

「チンタラしてないで、さっさとヤれよ」

 そこに居たのは蓮田さんの連れてた体格の良い人。蓮田さんは俺に覆い被さったまま、首だけでゆるりと背後を向いた。

「気が乗らないんじゃなかったのかい」

 その疑問には同意。
 先ほどまでは難色を示したのに、今は逆に乗り気に見えるから、首を傾げたくなる。
 そして肩越しの疑問に答えが出される前に、俺の身体は強引な力で左側に引っ張られた。

「気が変わったンだよね」

 引き寄せられた先には、針鼠頭の人。俺のシャツの襟元を掴んで顔を近付けられ、吐息を感じるほどの距離で顔を見入られた。

「確かに悪くないねぇ」

 顎から目尻にかけて舌全体でベロリと舐められ、全身が粟立った。顔を背ければ、耳たぶをかじられ、耳に舌を捻り込まれる。

「ぅあっ……ぁ、」

 耳の中を舐められる感触と頭に直接響く這いずる音に、鳥肌がたった。逃げようと身を捩れば、その方向に身体が再び引っ張られた。

「最初は僕だ」

 二の腕を掴まれ蓮田さんの腕の中に収められる。状況は好転してないけれど、少しだけほっとした。
 針鼠頭の人はブツブツと毒づきながらいじけているようだった。

「そういう訳だから」

 蓮田さんの声が聴こえるのと同時、俺の身体は横に突き飛ばされた。
 


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