15
無意識に目線が目と鼻の先にある樹の制服を滑り、下半身に落ちた。其処に貼り付いて動かせなくなる。
俺が樹のを、……舐める?
「出来ないの?」
樹が聞いてくる。
固まったまま微動だにしない俺に、痺れを切らしたのかもしれない。
……怖い。
何が、と聞かれてもよくわからない。言い知れぬ恐怖が内側からじわじわと生まれ、指先や頭の天辺まで蝕んだ。
もし、やりたくないと言ってしまったら、どうなってしまうのだろう。考えただけで脂汗が滲んだ。
そんなの言えるわけない。
「する、……よ」
やるしかないんだ。
俺は樹に凭れ掛る態勢になっていた体を起こし、座り直す。それから恐る恐る樹のズボンのベルトに手をかけた。
指先が縺れる。麻酔でも打ったみたいだ。思うように力が入らない。それでものらりとした手付きで何とかベルトを外し、ズボンのホックも外し、チャックを下ろして前を寛げる。
余計な事は考えない様に。
樹をこれ以上怒らせたくない。その一心で手を進めた。
少しでも疑問を抱いてしまったら、何かに押し潰されてしまいそうだったんだ。
だけど手を下着の中に滑り込ませれた時。
直に触れて伝わる熱に、体が大きく跳ねて反射的に手を引き抜いた。その事を弾みに抑えてた枷が外れ、恐怖心が津波のように押し寄せて来る。
その波は身体中を飲み込むと、今度は震えとして表面に現れた。
「やめるの?」
呆れるような、蔑むような樹の声。また苛立ち始めてるのか。
俺は小さく首を振った。
「やる……やるから、少しだけ……っまってくれ」
所在なさげに放った両手が、小刻みに震えてる。悴んだ手を暖めるように、右手で左手を覆い胸元に抑え込んだ。
頼む、落ち着いてくれ。
怖がってる場合じゃないんだ。これ以上怒らせたくない。
やらないと。
やらないと……っ。
「あや、口開けて」
「……ぇ……──んむっぐ」
不意に掛けられた樹の声に反射的に顔を上げた。瞬間。微かな隙間を無理矢理抉じ開け、口に何かを捻り込まれる。
それが何なのか、わかるのに時間は掛からなかった。
「唇で歯を覆って」
目を疑う目の前の光景に、瞬きを忘れた。口を動かす事も息する事も出来ず、身体が硬直する。
何故だか動くのが、いけない事のような気がしたんだ。
口に入れられたのは、樹のモノ。
樹の言葉にも反応出来ないで、唯々、固まっていた。
「唇で、歯を、覆って」
先ほどと同じ事を言うその声は強く、彷徨っていた意識が戻される。早く。と急かされ、訳もわからず俺は従った。
「そう。いい子」
そう言って、樹は俺の頭をひと撫でした。まるで小動物に触るような柔らかな手付きだけど、髪の中に潜り込めば途端にぐっと根元を掴む。
その力に加減はなかった。
「少し我慢して」
言葉が終ると中のモノが動き出す。
どうすればいいのか、わからないからされるがまま。緩やかな抽送で広がる口の中の苦味に、俺は目を瞑った。嫌悪感はあるけど、まだ耐えられた。
喉を圧迫する苦しさに比べれば。
「ぐっ……!」
口一杯に含まされてた樹のモノが出ていき、直ぐに深く戻される。咽頭に先端が当たって込み上げる吐き気を、懸命に飲み込んだ。
早く終わって欲しい。その一念。
動きが速くなるにつれ、樹のモノが体積を増してゆく。余裕がなくなってきてるのか。ガンガンと無遠慮な抽送に、脳髄ごと揺さぶられてるみたいだ。
樹のモノから溢れ出す液も量を増し、ぐちゅぐちゅと厭らしい音を響かせ俺の唾液と混ざり、口の端から溢れて喉元に垂れる。その首筋をゆったり伝う感覚が気持ち悪い。
「っ……出すよ。……全部、飲んで」
微かに荒く弾む言葉と共に、一層深く突き入ってきて奥に出される。
「──ゲホッゴホ! ゴホッ、ぅ゛……ケホッゴホ!」
樹のモノが口から抜かれれば、我慢していた嘔吐感と精液の味に、俺は勢い良く咽てしまった。
喉に負担が掛かったのもあるけど、残滓がねっとりとまとわり付いてるような後味の悪さ。その感覚になかなか咳きは治まらない。
けれど、樹にとってそんな事はどうでもいいのか。
「ゲホッ! ……けほ……──ア゛ッ」
咽てる俺の頭を強い力でベッドに押し付けて、冷淡に言い放った。
「全部飲んで、て言ったよね」
押し付けられた鼻の先に、飲みきれずシーツに吐き出してしまった精液が溢れていた。
まさか、と思ったけど。
「舐めて」
そのまさからしい。
嫌だ。思わず拒絶の言葉が口を吐きそうになる。理解してくれるなら、もちろん即答するけど。
言うべきじゃない。
樹の纏う雰囲気からそう直感した。
俺はぐっと堪えて、シーツに舌を這わした。
無理矢理にでも飲みきってしまえば良かった。
躊躇いがちに這わす舌にゆったりと広がる、独特の生臭みのある精液の味。
ほんとに不味い。不味いっていうより、そもそも本来飲むモノじゃない。俺が本心から樹を好きじゃないから、とかじゃなくて。こんな事で気持ちの大きさが量れるとは思えないのだけど。
飲ませたいものなのだろうか。
目に見えてシーツ以外の白さが確認出来なくなった所で、やっと頭を押さえる力が無くなった。
「……ぅ゛」
顎と喉が痛い。喉の奥には何かがまとわり付くような異物感があるし、何より口の中が精液の味で気持ち悪い。
うがい……より歯磨きしたい。
痛みはどうにもならなくても、せめて口の中の気持ち悪さだけでも消したい。そう思いながら押し付けられていた身体をゆらりと起こせば、
「……ケホッ、……はぁ……──ん!」
頭を両手で掴まれ、噛み付くようにキスされた。
口の隙間から樹の舌が割り入ってきて、俺のを絡め取り、縦横無尽に口内を掻き回して蹂躙する。口の中は今さっき飲まされた精液の味が充満してるのに、樹は気持ち悪くないんだろうか。
「ん、……んぅ……っは、」
それとも、多少なりと不快感はあったのか。いつものような酸欠させられる程の執拗さはなくて、少しで口を放されると身体をベッドに押し倒される。
それと同時。
破くように荒々しくシャツのボタンを外され、開いた首元に樹が顔を埋めてきた。
「んッ」
柔らかな唇が押し付けられる感触の後に、ビリッとした痛み。またキスマークを付けられているんだ。それが首筋から胸元にかけ、集中的に加えられ、何かに急かされるようにその間に下も剥ぎ取られて。
後ろの孔に樹の指が突き入ってきた。
「い゛! ……たぁ゛っ」
ヌルヌルしてるから、ローションは使ってるんだろう。けど、力任せな行為に痛みが走る。
いつもと違う。
いつもなら、無理矢理な中にも出来る限り痛みを与えないような気遣いがあるのに。
今の樹は、そんな気遣いがまったくなかった。
「や、やめっ……いた! やっ……ぅあ゛ぁぁ!」
十分に後ろが解れない内に樹自身が宛がわれ、俺の中に捩り入ってきた。無理矢理押し拡げられる痛みと圧迫感に、声が悲鳴になる。
それでも樹は構わずガツガツとがっつくように打ち付けてきて、真ん中から切り裂かれるような痛みが俺を襲った。
「いぁ゛! 痛い! イタッ……あ゛っ……あ゛ぁあ! いつっ、き……お願、やめっ……!」
懸命な懇願に樹は聞く耳持たず、動きを緩めてくれない。それどころか、痛みに叫べば叫ぶ程、扱いは酷く激しさを増してるみたいで。
「──っあ゛! ぐ……ッ」
俺の首を樹の両手が包み、力がこめられた。
器官が押し潰されて、息が出来ない。塞き止められた血流が、頭の中で膨張してる感じだ。圧迫感にガンガンと頭痛が起こる。
視界が揺らいでボヤけ、視野が狭まってきた。
そんな生命の危機なのに、どこかおかしくなってたのかもしれない。頭の端っこの方は妙に冷静で、ああ、俺死んじゃうのかな、なんて考えてた。
樹を好きになれなかったから、腹立たせる行動ばかりするから、樹は俺に愛想尽きたのかな。
樹は俺の事が憎くなったのかな。
俺、憎くて殺されちゃうのかな。
だとしたら、悲しすぎる。
薄れる意識の中、樹を見た。
せめて、憎しみじゃないでほしい。
憎しみに歪んでいないでほしい。
涙でぼやけて、意識が飛びそうで、目の前が霞んだ。
そのせいなのかな。
「ぃ……っ、……き……」
どうしたんだ、樹。
お前今にも泣きそうな顔してるよ。
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