For one week | ナノ

12

 
 中の様子に圧倒され、俺は足を踏入れるのを躊躇った。

 先導するように前を歩く樹が体育館に入ると、途端に中から黄色い声が響いてきた。どうやら中にいた女子バスケ部員達と、上の観客席に居た女子生徒達の声みたいだけど。

 ……何か、ちょっとしたアイドルみたいな反応だな。

「おいで」

 声を向けられてる当人は気に止める素振りもなく、入り口で呆気にとられ放心している俺に先を促した。馴れてる、と言うよりは興味無いという感じ。
 何だか場違いな居心地の悪さに、俺はショルダーのヒモを握り身を畏縮させながら、樹の後ろに続いた。

「ここ座って」

 ステージ近くの隅にパイプ椅子が数脚整列されいる場所まで誘導され、促されるままに座る。そこは男子バスケ部の休憩スペースなのか、傍らに荷物が置かれ数名の部員がたむろしていた。
 その中には見知ったクラスメイトの顔もあり、内一人が話し掛けてきた。

「あれ、お兄ちゃんバスケ部に入部したのか?」
「っえ? ……えー……と、」
「見学」

 返答に困っていると、すかさず樹が答える。
 そうか、俺は見学してればいいのか。
 そんな俺達のやり取りを遮るように体育館中央から集合の声が掛かり、たむろしていた男子生徒達が足早に駈けて行く。

「そこで見てて」

 一言残して、樹も中央に集合してる人だかりの所に歩いて行った。

 流石バスケ部。と言えば偏見入ってるけど。
 二十人程いる部員は見事に長身揃いで、樹が標準身長のように溶け込んでいた。一番低い生徒でも俺より高い。
 もし自分がその中に入ったら、なんて想像すれば、まるで大人と子供みたいな差に苦笑いが漏れた。

 身長をカバー出来る能力や技術がない俺には、やっぱり憧れるだけだな……。


 体育館は中程から男女で分け使っているようで、入り口側で一足早く部活を始めていた女子部員達がドリブル練習をしていた。
 けれど数名の生徒の視線はチラチラと男子部員の方に移り、全然身が入ってない。あれで練習になるんだろうか。

 ステージ側を使う男子部員は、部長だと思われる一昔前に流行ったようなセンター分け長髪の人の指示で準備運動をしてから、ランニングを始めていた。
 相変わらず足長いなあなんて思いながら、樹が淡々と練習メニューをこなしていく姿が不思議で違和感を覚えた。
 部活なのだから当たり前なのだけど、あの樹がおとなしく人に従ってるなんて。
 ……言ったら怒るだろうか。

 ランニングを終えると、今度は腕立て伏せや腹筋といった筋トレ。もちろん樹も真面目にやっている。
 ああやって樹の筋肉が作り上げられているんだな。と一見細身の割にしっかりと筋肉のついた樹の身体を思い出して、──顔が火照った。

(ッ何を考えてるんだ俺は……、)

 いかがわしい思考を振り払おうと、俺は軽く首を振った。
  
「こんにちは」

 突然聞こえた声に一瞬考えて、横を見る。頭の振り過ぎで幻聴でも聞こえたのかと思ったけど、視線の先にはちゃんと人がいた。
 それは先ほどまでバスケ部員に指示を出していた長髪の人。遠目には確認出来なかったけど、万人ウケする爽やかな感じのかっこいい顔立ちだ。
 だけど髪型で少し台無し。長髪がちょっとうざったい。

「君、速水君のお兄さんなんだって?」

 顔立ちに合った朗らかな笑みを浮かべ、子供に喋るような穏和な口調で問い掛けてくる。誰かに聞いたんだろうか。俺は素直に頷いた。

「君も速水君なのに『速水君のお兄さん』は可笑しいかな」
「構いませんよ」

 見た目のせいで今まで怪訝な眼差しを向けられてたから、普通に兄と扱われるのは嬉しい。だけど長髪の人は、申し訳なさそうに眉を下げてごめんねと謝ってくる。
 誠実そうだな。髪を切ればいいのに。

「俺は部長の蓮田、速水君は入部希望?」
「あ、いえ、……ただの見学です」
「入る気はないのかな?」

 蓮田さんの問いに、俺は一度練習風景に目を戻す。今度はシュート練習をしていて、誰とも知らない男子部員の放ったボールが弧を描いて綺麗なゴールを決めていた。
 俺は蓮田さんに視線を戻す。

「俺身長低いしトロいから、足手まといになりそうなんで」

 遠回しに気がない事を伝えれば、そんな事気にしなくていいのに、と蓮田さんは残念そうに言う。
 気を遣ってくれてるんだろうな。本当いい人そう。髪を切ればいいのに。

「最近女の子の観客が増えてね」

 言いながら蓮田さんは入り口に視線を移す。つられて見てみれば、女子生徒が数人中を覗いていた。

「速水君は随分人気者のようだ」
「……そう、みたいですね」

 酷く複雑な気分だ。
 樹が人気あるのは嬉しい事だけど、彼女達の好意は、俺がいるせいで成就される事はないんだ。

(……もし、)

 もし、俺がいなかったら、俺なんかを好きにならなかったら、樹は普通に女の子と付き合って真っ当な道を歩んでいたのかもしれない。

「そう言えば、速水君彼女が出来たらしいね」

 唐突な話題に、身体が石になって硬直する。

「あれだけ人気の彼なら、彼女はさぞかし優越感があるだろうね」
「……」
「それよりも、彼の方が優越感なのだろうか?」

 ……なんだよ、優越感て。

「一体どんな子なんだろうね。彼の心を射止めてしまう子って?」

 俺は視線を床に逸らしてさあ、と素っ気なく答えた。酷く心拍数が乱れていて、それが精一杯。

「あれ? お兄さん彼女に会ったって聞いた……」
「部長」

 続く蓮田さんの言葉を、前方から聞こえた声が遮る。見上げれば、俺達の前に樹が佇んでいた。

「おや、速水君どうし……」
「機嫌が悪いんで帰ります」
「は?」
「行くよ」

 俺をちらりと一瞥し、樹はさっさと入り口に向かって歩いて行った。余りの自分勝手な理由に俺は呆気にとられて反応出来なかった。

「なっ、……樹!」

 我に返って樹を呼んだ。だけど樹は止まる素振りを見せず、体育館から出ていってしまう。

「……あの、すみません、注意しておきますから……本当、すみません!」

 ぽかんと口を開け、ネジの切れたぜんまい仕掛けの人形ように止まっている蓮田さんに、数回頭を下げて俺は樹を追いかけた。


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