For one week | ナノ

11

 
 俺達のやり取りに気付いてないのか、菊地は話を続けた。

「りょーしんが咎めたりとかする?」
「……なんで」
「自分がフッた直後に休まれたら、ショックで寝込んでるんじゃないか〜とか思うじゃん」
「俺の責任じゃない」

 臆面無くいい捨てる樹に、モテる人は違うねと菊地は笑う。

 その様子を横目にしながら、持ち帰る物を詰め終えたバッグのファスナーを締めれば、同時に樹が踵を返し歩き出した。
 その後ろ姿にばいばーいと気怠げに手を振る菊地に、俺はショルダーバッグを肩に掛け歩み寄る。

「菊地、あの……ごめんな」

 菊地は特徴的な猫目を瞬せ、首を傾げる。髪がサラリと流れた。

「テストやって貰ったって、聞いた」

 昼ごはんを食べてる時、俺のテストの解答と二人分の答え合わせを菊地にやらせたと樹が言っていた。

「いーよいーよ。俺の答えと樹の答えチャンプルして写しただけだしさー」

 気にしないでというニュアンスで、菊地はふらふらと手を振る。でもと漏らせば、菊地は面白そうに笑った。

「ほんと二人って、双子だね〜」
「……え……」

 首を傾げる俺を他所に、菊地は俺の後ろを指差した。

「行かなくていーの? 置いてきぼりにされちゃってるよ」

 指の先に見た後ろに、樹の姿は既になかった。まずいと思い、菊地に簡単な挨拶だけをして、気怠そうな声を背に俺は樹を追い掛けた。

 他のクラスもホームルームが終わったばかりらしく、廊下は生徒達で雑踏していた。その中に一つ飛び出た頭を発見。B組の前。話していた時間の割に随分離れている。
 こういう時長身は利点だなと思いながら、俺は生徒の波を縫って走った。

「ッ……菊地に、テストの事謝って、……きた」

 追い付いた樹の背中に自己申告。切れる息に運動不足を痛感しながら続けた。

「いいやつだな……っ、菊地って」

 殆ど喋った事なかったけれど喋ってみれば気さくな奴で、気怠そうな所作や口調が容姿に輪をかけ本当に猫みたいだ。

 そんな菊地が言ってた話が脳裏に蘇る。

「藤森さん、どうしたんだろう……」

 気掛かりが勝り、返答がないのも気にせず俺は一方的に喋る。

「何でもないなら良いけど、フられた事を気に病んで寝込んでる……とか、……最悪……自殺、……なんて事は……」

 まさか、とは思う。けれど考えれば考える程悪い予想ばかり浮かび、自然と声が小さくなっていく。

 関係ないなんて言えない。

 樹みたいに器用に割り切る事は出来なくて、胸にのし掛かるような罪悪感が生まれた。

「……俺のせいかな──」

 思わず溢した言葉を、腹に響く鈍い音に打ち消される。
 音に驚き瞑った目を開け視線を上げれば、いつの間にか俺の方に向き直っていた樹が握る拳を壁に着け、苛烈な目で見下ろしていた。
 
「さっきから煩いよ」

 低く唸るように樹が言う。
 かも、なんてあやふやじゃなくて、間違いなく怒ってる声。

「菊地も、ましてやあんな女どうでもいい」

 忌々しそうに吐き捨ててから、樹は背を屈め顔を近付けてくる。

「言ったよね? 俺の事だけ考えて、って」

 言われた、昨日。俺はそれに頷いた。

「少しだったら可愛い戯言で目を瞑るけど、度が過ぎるなら俺も我慢しない」

 意味わかるよね? と聞かれ、目を逸らせぬまま俺はぎこちなく頷いた。
 そんなやり取りの中、調子外れの声が聞こえた。

「二人ともこんな所で兄弟喧嘩かー?」

 視線を向ければ、クラスメイトが二人通り掛かった所だった。その事でこの場所が学校の廊下なのだと思い出す。
 辺りを見渡せば教室前の廊下を突き当たって曲がった所で、人の数こそ随分疎らになっていたけど、只ならぬ雰囲気を察して近くに居た数名の生徒が俺達の方を見ていた。

「樹ー、あんまお兄ちゃん虐めんなよ」

 笑いながら二人はのらくらとした足取りで遠ざかっていった。図らずもその二人の言葉が場の雰囲気を和ませてくれて、周りの生徒達は安堵したように俺達から目線を外していく。
 
 だけど樹は、身を屈めたまま。

「……ごめん。……気をつける……」

 俺達だけに聞き取れる程度の声で言えば、樹はやっと体を離し歩き出す。その事に俺は嘆息して、乱れた鼓動を抑えるように胸に手をあてながら樹の後ろを追い掛けた。



 階段を降りて体育館に続く廊下を少し歩くと、樹の足が一つのドアの前で止まった。

「……バスケ、部」

 そこはバスケ部の男子更衣室。樹は悠々とドアを開けて中に入ると、おいでと俺を中に誘う。少し迷ったものの、失礼しますと言って後に続いた。

 中には誰も居なくて、しんと静まった室内を入口の対面にある窓から西陽が緩やかに満たしていた。
 両側の壁際にロッカーが設置され、その傍らに数脚のパイプ椅子、円筒状のポリバケツ、そして中央に長椅子が二つ並列されている。
 必要最低限で一見簡素だけど、ロッカーの所々にはステッカーやグラビアアイドルのポスターが貼られてあり、パイプ椅子には無造作にタオルがかけられ、床に荷物や飲み欠けのペットボトルが放置されたりと雑然とした室内だった。

 樹は自分のだろうロッカーを開けて、さっさと着替えを始めた。その様子をマジマジと見てるのは悪い気がして、俺は中央の長椅子に樹に背を向けて座る事にした。

「今度は何も喋らないんだ」

 唐突に投げ掛けられた言葉にチラリと背後を見れば、着替える背中から言葉が続いた。

「俺の事だと話はない?」

 さっきまであんなに喋ってたのに、と続く皮肉に、俺は頭をフル回転させ必死で話題を探した。

「あ、の……えと、……あっ、部活、入ったんだな」

 前は数多の勧誘を片っ端から断って、何にも属そうとしなかったのに。

「暇だったから」
「そ……か」

 気まぐれな性格だから、それもあり得るのだろうと思ったけれど、

「帰ってもあやが居なくて」

 一瞬言葉が詰まる。小さくごめんと言えば、再び沈黙。
 気まずくて、取り成すように俺は言った。

「でも、樹運動神経いいし、身長高いから、似合ってる」

 俺は運動音痴なうえ背も低いから、憧れだけで入る勇気はなかったんだよな。

「あやが言ったから」
「……え?」
「行くよ」

 ロッカーの閉まる音と共にTシャツとバスケットパンツに着替え終わった樹に促されて、俺達は更衣室を後にした。

 

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