For one week | ナノ

10

 
 その思いがけない樹の申し出に、俺は手を止めた。

「こんな色っぽいあやを誰かが見たら、変な考え起こし兼ねない。そんなの迷惑だ。あやは俺だけの物なんだから」

 喜劇の台本でも読んでるかのような、本気だろう樹の台詞。
 そんな可笑しな思考回路持ち合わせてるのは樹くらいだろうけど、底無しな独占欲からの心境の変化は願ってもない好転だった。

「でも早まったな……我慢しなきゃならない。折角あやを近くに置いたのが裏目に出ると思わなかった」

 心底残念そうに、溜め息に乗せ不満を洩らす。その樹の言葉に引っ掛かる節があった。

「席替え……、やっぱり樹の仕業なのか?」

 問えば樹は不思議そうに二度瞬きをした。

「ハナちゃんが樹を気に入ってるのを利用して、俺をあの席にしてくれって頼ん──ッ!」

 話を遮るように俺の手ごと俺自身を握り込み、樹はくすくすと面白そうに笑う。

「小華先生が俺を特別視してるのは知ってる」

 言いながら樹は俺自身を抜き出した。絶頂に向かい敏感になっていた身体は、擦られて沸き上がる快感に跳ねる。

「でもね、そんなん頼み方じゃ小華先生は聞き入れてくれないんだよ」
「っ……は、……ゃ、だ……っあ」
「もう少し頭使わなきゃ、ね」
「ッ──!」

 樹は言葉の最後を強調し、合わせて俺の尿道口を強く抉る。その刺激に誘発されて俺は達してしまった。

 樹の話は要するに、もっと違う言い方をした。という事だろうか。
 ……どちらにしても樹が関与していたのは間違いないだろう。

「っは……、は……ぁ」

 達した後の怠さに足に力が入らず、壁伝いにズルズルとずり落ちていく俺の身体を、樹が片腕を腰に回し支えてくれた。

「気持ちよかった?」

 掌に受け止めた俺が出したモノを指で遊びながら樹が聞いてくる。おとなしく頷けば満足したのか、腰に回した腕に力が込められた。

「放課後、ちょっと付き合ってくれない?」

 いつも問答無用に従わせる樹にしては、選択肢を与える物言いに違和感を覚えた。それでも断る事が出来る筈もなく、一つの選択肢に再び頷いた。

「じゃ、戻ろう」
「……へ……」

 あっさりと離れていく樹を見て、間の抜けた声が漏れる。俺はてっきり──。

「……しない、……のか?」

 疑問を口にすれば、樹はきょとんとした顔で目線を宙に彷徨わせた。

「ローションもゴムも持ってきてないし、服が汚れたら面倒だ。なにより、狭くてヤりにくそうだけど……」

 そこまで言って樹は視線を俺に戻し、厭らしい笑みを浮かべた。

「あやがやりたいなら構わないよ、トイレプレイが好み?」

 聞かれて遅い後悔。必死に首を横に振れば、樹は目を細め離れた距離を戻して囁く。

「家に帰ったら沢山可愛がってあげる」
  
 その樹の言葉でやっと解放され個室を出ようとしたら、余韻が残ってるのか、足元が縺れてよろけそうになった。咄嗟にバランスを取ろうと壁に手を伸ばせば、その手をぐいっと引かれた。

「……ぁ、……りがと……」

 抱き込まれる格好の樹の腕の中、顔を見上げてお礼を言えば、樹は薄く笑う。

「介添え必要?」
「……大丈夫だ。歩けるよ」

 体勢を整えながら首を振れば、樹はつまらなそうにぼやいた。

「残念。お姫様抱っこしてあげようかと思ったのに」

 顔がひきつりそうになる。樹なら本当にやりかねない。

「気持ちだけ受け取っておく」

 俺の返答に樹はなら今度ね、と目を細めてトイレを後にする。俺もその後ろに続いた。追い掛ける後ろ姿を見ながら、俺は少し困惑していた。

 樹と身体を重ねるのは恐怖があるし慣れる事が出来ない。帰ったらまた樹としなきゃならないと思うと、足取りは重くなる。出来るならしたくない。

 だから不思議だった。

 絆されてるのかもしれないし、自分にとって楽な選択に逃げてるだけなのかもしれない。
 けれど、出来る事なら樹の想いに応えてやりたい、と。そんな奇妙な気持ちが時折首を擡げていた。

 今さっきまで好き勝手に弄ばれてたのは頭で理解してる。
 
それでも確かに、根付いていたんだ。





 教室に戻った後、昼食を摂りに食堂に連れて行かれた。食欲がないと断ったのだけど、体力つけないともたないよ、と意味深に耳打ちをされ強制連行。
 気の進まない昼ごはんを無理矢理口に押し込めば、ヤル気満々? とからかわれた。

 午後の授業は相変わらずと言うべきか身が入らなくて、混沌とした気持ちを紛らわせようと窓の外をぼんやり眺めていれば、あっという間に放課後を迎えた。

「行くよ」

 早々に支度を終えた樹が、席を立ちながら呼び掛けてくる。その言葉に俺は慌ててごめんと返し、半分も済んでないショルダーバッグに教科書を詰める作業を速めた。

「樹ー、もー帰り?」

 気怠げな足取りでふらりと寄ってきた菊地が話し掛けてくる。間延びした喋り方は癖なのだろうか。
 樹は目線だけを向けて素っ気なく言った。

「部活」

 空席になってる樹の隣席の机に腰掛けながら、あ〜と菊地は納得していたけど、初耳の話に俺は手を止め樹を見上げた。

 ……知らなかった、部活に入ってたのか。

「そー言えば、聞ーた? 藤森さん休んでるらしーよ〜」
「えっ……」

 菊地の切り出した話に驚いて、俺は思わず声を漏らしてしまう。

 樹に襲われたあの日、樹に告白してフラれてしまったのが藤森さん。そして次の日、樹の口から藤森さんとは違う彼女が出来たと公言された。
 その話は瞬く間に学校中に広まったらしい。多分藤森さんの耳にも入ってるだろう。
 フラれた翌日告白相手に彼女が出来たと知ったら、それはどんな気持ちなのだろうか。
 もしかしたら、それが原因で休んでるのかもしれない。

(だとしたら俺のせいかな……)

 そんな事を悶々と考えていたが、いつの間にか菊地から俺に移動している樹の視線に気付いて、俺は慌てて帰り支度を再開させた。
 

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