For one week | ナノ


 
 思いがけない事態に体が小さく跳ね、細く息を飲んだ。
 この空間には自分しか居ないものだと安心しきってたから、突然現れた存在に心臓が激しく乱される。

(だっ、……だれ……?)

 俺が入った場所の他に、横にも個室がある。なのに何でこの個室をノックするんだ? 人が入ってる事くらい一目でわかるだろうに。
 なのに何で……。

(わかった上で、敢えてノックしてるのか……?)

 答えの出ない疑問は、不安を煽り悪い予想ばかりグルグルと巡らせる。けれど、終止符となる考えが沸いた。

(待てよ、……他……空いてたか?)

 焦ってたから、他なんて見てなかった。入口から一番近い個室が目について、咄嗟に飛び込んだ。もしかしたら、他の個室に誰か入ってるのかもしれない。
 そこまで考えて、心臓の心拍数の上昇は落ち着き始める。返答がない事に痺れを切らしたのか、扉の向こうの人物は再度ノックをして来た。

(……取り敢えずノックを返そう)

 そう思い上げた俺の右手は、聞こえた声によって止められる。


「居るんでしょ」


 心臓が止まった。

 心臓だけじゃなく空気や音といった俺を取り巻く全ての物が。
 比喩だけど、そう思わせる程に俺の神経に影響を与える。

 一枚の扉を隔て聞こえった声は、樹のものだった。

「ここ開けて」

 俺の返答も待たず、軽くノックをしながら樹は言う。当てずっぽう……じゃない。樹は中に居るのが俺だと確信しているんだ。
 俺は戸惑いに震える声で聞いた。

「……何で、ここに……」

 用をたす為にトイレに来たわけじゃないだろう。目的は多分俺だ。

「キツイよね? 俺が処理してあげる」

 樹は諭すような穏やかな調子で言ってくる。相変わらずの不得要領な物言いだけど、今回は頭を捻る事なく意味を理解した。
 俺は下半身を一瞥してから言葉を返した。

「大丈夫。平気、だから」
「何が大丈夫? 全力疾走するくらい限界なんだよね」
「っけど……っ、……樹の手を煩わせる事じゃない」
「俺が勃たせたんだ。俺が抜くのは当たり前だよ」

 俺達の間を隔てる戸を開こうものなら、何をされるかわからない。だからと言って邪険にも出来ない。樹がこの場を去って早く処理して戻るのが理想だ。だから俺は樹の申し出をやんわりと断り続けた。

「……ありがとう。……でも、自分でなんとかするから」

 そう言った途端に俺達の押し問答はピタリと止む事になる。樹が喋らなくなったんだ。

 諦めてくれたのだろうか。

 淡い期待が沸くが、それ以上に急に喋らなくなった事への不安が、俺に心許なさを植え付けた。
  
 樹は一体どうしたのだろう。出ていった気配はないから、まだトイレ内に留まっていると思う。
 状況がわからない今、身を守る盾となっていた一枚の戸は、樹の様子を伺うのを阻む疎ましい障害へと存在を変える。
 狭い箱の部屋で一人不安にオロオロしていたら、ポツリと声が聞こえた。

「なら、開けて」

 先程までと変わらない樹の声音。状況は変化ないけど、聞こえた声に取り越し苦労をしていたのだと小さく安堵した。
 直後。
 落雷したような耳を劈き臓器を揺さぶる轟音が響いて、俺はひっと声を飲みこんだ。

(ッ………なに……?)

 前触れなく聞こえた音に俺は身体を居竦めて、目で前にそびえる一枚の壁を見た。接合部分がキシキシと余韻に鳴いている。

「開けないなら、壊すよ」

 言葉と共に再び轟音が個室を揺らし、微かだけど戸が跳ねるように湾曲した。
 樹が戸を殴り付けているんだ。
 驚きと恐怖に言葉を返せない俺を他所に、間も置かず戸が殴り付けられ個室全体が悲鳴を上げる。

 何をされるか、なんて悠長な心配していられる状況じゃない。

「まっ、……待って! ……待ってくれ!」

 俺は慌てて戸の向こうに制止を訴えた。

 樹なら本当に壊し兼ねない。そんな事をしたら騒ぎになってしまう。それに今は殴打する音を聞いて誰かが駆けつける可能性が心配だ。

「開けるから! ……頼むっ、止めてくれ!」

 扉に向かいそう叫べば、打ち付けられていた衝撃が途端に止んだ。

「なら早くして」

 変わらぬ調子で聞こえた要求に、わかったと返事をして鍵を外す。カチッと解錠音がすれば息つく間もなく戸が引かれ、その勢いに個室内の空気が外側に流れる風となり俺の頬を掠った。
 目の前に現れた樹は直ぐ様ずいっと個室内に足を踏み入れて来て、俺は思わずたじろぎ後退る。だけど、逃がすまいとする樹の腕が俺の腰に回り、引き寄せられて唇を押し付けられた。

「んッ……! ……ぅ、……」

 樹は俺にキスを与えながら、器用にも後ろ手に個室を閉める。施錠が終われば掻き抱くように俺の背中に腕を回し、キスをより深い物にしてきた。
 吸うように絡められる樹の舌に懸命に自分の物を絡ませる。気を抜けば意識ごと持っていかれそうになるのを、樹の制服の裾を掴んで必死に耐えた。

「随分上手くなったね」

 唇を離した樹の第一声。息の荒い俺と違い、見上げた樹は笑みを浮かべていた。
 


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