For one week | ナノ


 
 俺の存在に気付いてすぐるも足を止める。目が合って、俺は慌てて床に視線を逸らした。

「どうした?」

 横に居た男子生徒がすぐるに問い掛けた。返答はない。視界の端に、立ち止まったままのすぐるの足が見える。多分、俺と目が合った時から微動だにしていない。

 俺を、……見てるのだろうか。

(どんな想いで……)

 想像したら、悪寒が背筋をかけ上がっていった。
 巡るのは悪い考えばかり。急速に身体中を蝕み、一朝一夕の決意は脆弱に揺らいだ。

「ッ……」

 俺は急激な心細さに襲われて、ショルダーのヒモを両手で強く握り、足を踏み出した。
 早く通り過ぎてしまおうと。

 けれどすぐるの前を通り過ぎるより先に、左腕に掛った痛まない程度の握力に歩みを阻まれる。

「……クラスメイトとしての挨拶もだめか?」

 間を置き聞えたすぐるの声は、小さく揺れていた。それは水面に広がる波紋のように、とても微かなものだけど。
 物怖じしないすぐるの初めて聞く声に、胸が酷く締め付けられる。
 俺は言葉が詰まり返事が出来なかった。

「……ごめん、」

 少しして聞えたすぐるの呟きと共に、腕に掛かる握力が静かに放れていった。
 居た堪れなさに、俺は下を向いたまますぐるの元を足早に後にする。

「……なに、お前ら喧嘩でもしたのか?」

 横にいた男子生徒が小声で問い掛けるのが聞えた。すぐるは明るい調子で言った。

「俺が悪フザケしすぎちゃったんだよね」

 癖なのか、それとも気遣っているのか。どちらにしろすぐるの優しさは今は重たく感じて、そう感じてしまう自分が嫌だった。
 その考えを振り払う事も出来ず、俺は鬱々とした気持ちのまま教室に足を踏み入れた。

 けれど、辿り着いた入口で俺は再び足を止めた。

 違和感があったんだ。
 教室内の何かが変化している。だけど違和感の正体がわからない。
 戸口の所で教室中を見渡していたら、入り口に一番近い席の女子生徒が話し掛けてきた。

「速水くん、早く席着かないとセンセー来ちゃうよー」
「えっ? あ、うん。ありが……」

 言い掛けて疑問が沸いた。

(……この席ってこの子だったか?)

「おにーちゃん、おっはよ〜」
「っわ、」

 入口の所で立ち尽くしている俺に、気怠げな声と共に誰かが背後に伸し掛かってきた。
 よろけながら後ろを振り返れば、少しつり上がった猫目が印象的な、襟足の長い赤毛の生徒が居た。よく樹と一緒に居る、確か名前は、菊地。

「おにーちゃん、こっちだよ〜」

 見た目に合わない強い力で、菊地は俺の腕を引き教室の後方へと進んで行く。歩く動きに合わせ、猫目に合った猫っ毛の髪がサラサラと揺れていた。

「ちょっ……菊地! 俺の席あっち──」

 窓際から三列目、前からも三列目の俺の席とは御門違いの方向に進む菊地に指摘しようとしたが、指差した俺の席には既に別の男子生徒の姿があった。

「……な、んで……」
「試験も近いから学力向上の為ーって、思い付きにしてもハナちゃん熱心だよね〜」
「……なに?」
「席替えしたんだよー。で、おにーちゃんの席はココ」

 言われて連れて来られたのは、窓側一番後ろの席。菊地は親切心で案内しただけなのか、ばいばーいと手を振り自分の席に戻って行った。

 俺は新しい席を見た。

 教室に入った時の違和感の原因は解った。だけど腑に落ちない。だって偶然にしたら都合が良過ぎる。皆は見事シャッフルされてるにも関わらず、俺の隣りの奴だけ以前と変わっていないから。

「席に着きなよ」

 硬直して立ち尽くす俺に、隣りの奴が促してくる。

 俺の隣りの席には樹がいた。
 
「樹、お前……」

 浮かぶ一つの疑惑を樹に問い質そうとした矢先、授業開始のチャイムと共に化学担当の先生が教室に入ってきた。それ以上話を続けるわけにいかず、俺は渋々新しい自分の席に着く事にした。

 もやもやした気分で教科書を用意しながら、考える。

 何故か樹が朝早く登校して、その日に突然席替えが行われた。菊地が『ハナちゃんの思い付き』と言っていた事から考えて、ハナちゃんの提案として公言されたのだろう。

 そのハナちゃんは、樹がお気に入りで……。

「……」

 ちらりと隣りに視線をやれば頬杖を突いた樹が横目に俺を見ていて、目が合うと口元に笑みを浮かべた。

 ……間違いないと思う。

 確実に席替えに、樹が関与しているのだろう。


 真ん中から左側が男子、右側が女子と区分されている席の並び。その中央最前列。俺とは男子生徒で一番対極になる席にすぐるはいた。
 極端に離れた俺達の距離は、疑惑の度合いを一層色濃くさせる。
 授業には全く身が入らなかった。先生の声は雑音になって意味を失い、右から左に消えていく。

 俺は焦慮を募らせながら授業を過し、終りと同時に樹に声を掛けた。

「樹、聞きたいこ……」
「いーつき!」

 だけど俺の声は、横から割込む大きな声に掻き消されてしまう。授業が終るのを心待ちにしていたのか、樹の周りには見慣れたメンバーが次々と集まって来た。
 四人の男子生徒が樹の席を囲み、その内の一人が言った。

「朝の続き聞かせてよー」

 待望を含む陽気な声は、クラス中の視線を引きつけた。

「続き……」

 樹は椅子に背を凭せ、何故か俺に視線を向ける。その視線に気付いて俺が見れば、口角を上げた。

「いいよ、何が聞きたい?」

 積極的な樹の返答に、取り囲む生徒達は一気に沸き立った。クラスメイト達の視線も心なしか輝きを増した気がする。

(……続きって何だろ)

 この状況では目的を果たせないと諦め、頬杖を突いて窓の外に視線を移した。
 ペンキを溢したような枠一杯に広がる青に、申し訳程度に垂らした白い絵の具。そんな気持ちのいい空だった。天気良いな。日差しも温かいし、こんな日は無性に遊びに行きたくなる。
 眺めた景色にぼんやりそんな事を考えていた。樹達の話題はどうせ自分とは無関係だろう。

 だけど、樹を取り囲む一人が興奮気味に言った言葉に、その考えは覆される事になる。

「なんかさ、変わったプレイした?」

 聞こえたワードに俺の頭の中は真っ白になった。
 その白さは嫌な予感に一瞬で塗り潰される。

 外に向けてた頭を錆びた機械のようなぎこちない動きで樹達の方に向ければ、樹はきょとんと呆けた顔をしていた。
 

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