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「な、んで……一緒、に寝た……て、知って……んだ?」
「一緒に寝たの?」
「……へ」
俺の問いに、母さんはまぁ、と目を見開き輝かせた。
……なんだかおかしい。
「……母さん、知ってんじゃ……ないのか?」
恐る恐る聞いてみれば、母さんはいいえと首を振った。
「綾斗が具合いから自分の部屋で看病する、て樹が言ってたけど」
「っ!」
「そう、一緒に寝たの」
……俺は墓穴を掘ってしまったのだろうか。
うんうん、と嬉しそうに頷く母さんに、混乱と云う脳内の祭は最高潮を迎えた。
「まままッ……待って! 待って!」
俺は大きく椅子の音を鳴らし、声を裏返らせながら立上がった。その動きに生じた下半身の痛みは何とか我慢。
何をするでもないが、冷静に座っていられる心境じゃなかった。
「違うっ違うんだ! 一緒に寝……たけど、そんなのじゃなくて、イカガワシイくなくて! ……その……」
「なに慌ててるの?」
不審な手振りで誤解……でもないけど、解こうと躍起になる俺に、母さんはまた小首を傾げた。
「昔はいつも一緒に寝てたじゃない」
「……は……むかし?」
「仲直りしたんでしょ」
「…………………………は?」
……仲直り?
「母さんね、心配してたの」
俺を座るように促し、母さんは俺の前の席に座る。それから落ち着いた声で淡々と話し始めた。
「少し前から二人共、お互いを避けてるように見えたから何かあったのかな、て」
「……」
家に居る時間は少なくても、俺達の小さな変化を目敏く気付いていたんだな。
俺は感心すると共に、心配を掛けていたのだと罪悪感に苛まれ、申し訳なくて視線をテーブル下に広がる床に落した。
「母親だからって理由で子供の喧嘩に口を挟むのって、野暮じゃない」
「……ぅ……ん、」
喧嘩とは根本が違うが、実際母さんが出て来てどうこうなる問題ではないだろう。
「綾斗達ももう子供じゃないし、当人同士で解決するのが一番かと思って成り行きを見守る事にしてたのよ」
俺は床に落していた視線を母さんに戻した。
「……ごめん、心配かけて。でも、もう、……大丈夫だから」
笑顔を作り言った。
何が大丈夫なのか。母さんが望む仲にはもう戻れない気がする。
先は見越せないけれど、きっと前途は多難で、漠然とした不安は尽きない。
俺の言葉は、無責任な慰めに過ぎないのだろう。
それでも、母さんにこれ以上の心配をかけたくなかった。
母さんは笑顔を浮かべ言った。
「お母さんで聞けるなら、いつでも相談にのるから」
その笑顔がどことなく作り物のように見えたのは、きっと俺の後ろめたい気持ちのせいだろう。言葉に込められた2つの気遣いを受け止めた証しに、頷きを返す。それに満足したのか、ところで、と母さんは話題を変えた。
「学校は行けそう?」
張り付けた笑顔が固まる。忘れかけてた……学校。
学校に行けば樹がいる。でも今は、樹とは喋れる気がする。
けど問題は、…すぐるだ。
同じクラスで、おまけに席も前後。会わないで過すのは無理だろう。
昨日の今日で、……正直顔を合わせ難かった。
「休むなら今電話しちゃうけど」
微妙な俺の雰囲気を察してか、母さんは腕時計をチラリと見ながら言う。
「……いい、大丈夫、行くよ」
その心遣いに俺は首を振った。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって、……それより仕事の時間だろ?」
遅れるよと促せば、母さんは勢い良く席を立ちあがった。
「朝から商談があるのよ」
「だからそんな堅苦しいスーツ着てるんだ」
「おかしい?」
「ちょっと、違和感あるかな」
綺麗と言うより可愛らしい顔立ちの母さんに、スーツ姿は少し窮屈そうに見えた。
「綾斗に言われたくないわよ」
その言葉は俺にもスーツは似合わない、という意味だと思ったのだけど。
「服、しわくちゃよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、母さんはショルダーバッグを肩に掛け出掛けて行った。
「……いってらっしゃい」
一人残されたダイニングで意味を成さない言葉を呟き、視線を下に落す。確かにしわだらけのソレは、朝起きた時には身に着けていた、昨日脱いだはずの服。着た記憶はない。誰の仕業かも、考える必要もない。
最近朝になる度首を傾げる不思議だった。
(今度聞いてみようか……)
そんな事を考えて少し冷めたパンを口に運びながら、壁時計に視線を移した。時刻は7時15分。学校には余裕で間に合うけど…。
「はぁ……」
母さんを心配させまいと咄嗟に口を吐いたが、……やっぱり憂鬱だ、学校に行くのは。
でも、すぐるを避けて学校を休み続ける事は出来ない。それなら早く気まずさに慣るよう、休まず行った方が良い。先延ばしにしたって、好転するわけじゃない。
すぐるとはもう、無関係なんだ。
気を抜けば折れそうな意志を固い決意に変える為、暗示のように反復させた。
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