For one week | ナノ


 
「条件がある」

 樹が言った。
 その先を聞くべきじゃないと直感が知らせる。

 だけど聞くしか道はない。

「……な、に」

 言葉の先を促せば、樹は自分の身体に絡まる俺の腕に再び手を重ねる。腕を放せ、という事だろう。
 樹を引止める必要はもう無い。俺は絡めていた腕を放し、崩れたシャツを直しながら樹から一歩後退さる。

「行ってもいいよ」

 樹は背を向けていた向きを百八十度変えて、俺と向い合うと同時に言った。けれど、それは俺の求めた答えじゃない。

「樹、」

 先を急かすために名を呼ぶ。樹は微かに笑みを浮かべた。

「ただし今回限り」
「ぇ……」
「これを最後にする事」
「……」

 ああ嫌だ。
 何でこんな時ばかり、樹の言いたい事がわかってしまうのだろう。

「あいつに言う事あるよね?」


 樹の問いに、頷いた。





「──で、無差別に襲ってるように見えて共通点が……」
「すぐる」

 話を遮り呼べば、なに? とすぐるは小さく首を傾げた。話を中断させられたのに、嫌な顔一つせず、いつもと変わらぬ笑みで。
 何度この笑顔に救われたのだろう。沢山の励ましと、笑顔を貰った。

 だからはなむけに。

「どした?」
「……俺、達」
「ん?」

「友達でいるの、やめよう」


 せめて、笑顔で告げた。


 俺達の間を通り抜ける春風のおとが耳に触る。
 沈黙が流れていた。
 日曜の朝特有の控え目な喧騒を遮断するほど、纏う空気は重苦しい物に変化していたんだ。

「友達、やめる?」

 沈黙を破ったのはすぐる。

「やめて、それ以上の関係になろうって?」

 いつもの茶化した調子で聞いてくる。俺は首を振り、その言葉に否定を示した。

「……それ以下、だよ」

 握る拳に一層力を込めた。今手を開いたら、掌に爪の形がくっきり刻まれているかもしれない。

「友達になる、知り合う前の関係に戻ろう。……名前すらわからない、他人だった頃に」

 冗談じゃないと察したのか、すぐるの笑顔は少し困ったように変わる。

「俺の事、嫌いになっちゃった?」
「ッ、」

 ズキリと胸の疼きが増した。
 まるで咎めのように、俺の心を酷く痛めつける。理由はわかってる。そんな事あるわけないんだ。
 だけど俺は、そうだよと疼きを笑顔で追いやった。俺の返答にすぐるはそっか、と呟き空を仰いだ。

「それは、綾斗が考えて出した答えなんだよね?」
「……そ、だよ」

 小さく頷く。すぐるは上に向けていた視線をゆっくり戻して言った。


「じゃあなんで、そんな泣きそうなんだ」
 
「……ぇ」

 すぐるの言葉に沸き上がる戸惑いと焦慮。

「……泣きそうになんか……」
「してないつもりでしょ?」
「……つもり、……て」
「綾斗はこんな話を笑顔でするヤツじゃないよ」
「ッ、」

 明かされた種は、酷く間の抜けたもので。
 嘘が下手なんだからとすぐるに笑われ、胸元がきゅぅって締め付けられる。
 懸命に作り上げた何かが急速に壊れていった。


「〜っ……ごめ、……ん」

 謝罪を口にすれば目頭が熱くなり、堰を切ったように視界を暈す物が頬を伝う。
 胸の疼きは、より強さを増していた。

 これで終りになんてしたくない。

「でも、……っ……むりな、んだ……」

 樹が許さない。
 逆らう事も逃げる事も、どうする事も俺には出来ない。
 自分の無力さが悔しかった。

「ごめん……っごめ、ん……ごめっ」

 後戻りも取繕う事も出来なくて、俺はただ馬鹿みたいに嗚咽混じりの謝罪を繰返した。


「泣かないで」

 柔らかな言葉と共に伸びてきた手が、俺の目尻を柔らかく拭った。

「わかったから」

 伏せ気味の顔を上げすぐるを見る。

「泣かせちゃう位、嫌いなんだよね」
「っ」

 違うのに、そうじゃないのに。
 否定も出来なくて、もどかしさに一層涙が溢れた。すぐるは困ったように笑う。

 困らせたくなんてないのに。

「俺はね、楽しかったよ」

 静かに喋り始めたすぐるは、どこか遠くを儚むよう。

「ふっつーに平凡な日常だったけど、毎日が充実してたと思える」

 それでも愛おしむように。

「それは綾斗がいたからだって、言える」

 少しはにかんだ笑顔を浮かべた。

 でも気付いてしまったのは、話の中の俺達の繋がりが、過去の物になっている事。

「だからもし、答えに迷う事があるのなら、いつでも繋げに来てよ」
「……ぇ」
「ここで、俺らの友達関係は、終りね」

 告げられた決定的な終止符。
 切り出したのは俺の筈なのに、すぐるの言葉は鋭利な刃物となって俺の心臓を抉る。その痛みに涙が壊れたみたいに溢れた。俺は隠すように俯く。

 自分の卑しさに吐き気がした。

「それじゃ、……バイバイ」
「〜ッ、」
「それと」

 ごめんな。

「……ぇ……」

 顔を上げた時、すぐるは踵を返し背を向ける所。微かに見えた残像は笑っていたように思う。
 謝りの言葉は、何に対してなのか。すぐるが謝る理由なんて見付からない。悪いのは全部俺なのに。

 遠ざかるすぐるの背中に疑問を投げ掛ける。答えは返って来ない。

 俺は歪む視界で、後ろ姿を見つめていた。
 


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