For one week | ナノ


 

 耳を擽る鳥の囀ずり。穏やかなその音が朝を伝えて来る。
 起きなきゃなと思うけど、眠気が邪魔をする。まだねむい。

 あ……今日って日曜……。

 そうだ、今日は日曜日。学校は休みだ。それならもう少し寝ていよう。
 俺は目を開けず少しだけ働く頭で二度寝を決めて、襲いくる眠気に身を委ねようとした。
 ……だけど、違和感。
 いつもより低く、硬度のある寝心地の悪い枕。
 それに何だか……窮屈だ。

 あれ……この匂いって──。

 慣れすぎたから気付く小さな変化は、まあ良いかと流す事が出来ない程に積み重なる。
 気になって重い瞼を薄く開き視線を巡らせて、

「───っ」

 俺は思わず叫びそうになった声を、寸出の所で飲み込んだ。

 視線を上げて5cmも無いんじゃないかって距離に、樹の顔があった。

 想像もしなかった状況に俺はただただ茫然として、──思い出す。昨日の事。
 また途中から記憶がないのだけど。

(……一緒に寝たんだ……)

 一人用のベッドで、樹に抱き込まれながら樹の腕を枕にしている自分の状態が、そう結論付けさせる。当の樹はまだ眠ってるみたい。規則正しい静かな寝息が聞えていた。

(……かっこいいよな……)

 素直に思う。間近に見る何度も羨ましいと憧れた、俺とは全く作りの違う端正な顔。
 伏せててもわかる切れ長の目は彫りが深く、鼻筋は高く通り、顎のラインもシャープで。
 それに……。

「、……」

 彷徨わせてた視線が止まる。と言うより、惹き寄せられ釘付けになった。樹の唇に。
 自然と顔が火照った。何度もキスされて、好きだと言われた事が脳裏に蘇る。
 それに、思い出すだけで恥ずかしい事も……された。

(……なんで俺なんだろう……)

 仲が良かった頃。かっこ良くて頭も良くてスポーツ万能で、何でも完璧な樹は俺の自慢だった。兄のくせに劣ってる事は内心劣等感だったけど、それでも可愛い弟に変わりない。
 樹はどうだった?
 俺の事どう思ってた?
 いつから俺を好きだった?

 ……なんで、俺を好きになったんだろう。

 こんなにかっこいいんだ。幾らでも可愛い女の子と付き合えるだろう。何より、男の俺より女の子の方が抱き心地だっていいはずなのに。
 幾ら考えても理解出来ない。リスクばかりで、不毛だから。

(なのに、なんで)

 あの美人な藤森さんを断ってまで、樹は俺を選んだのだろう。
 
 考えたって答えが出るわけない。俺達は双子だけど、外見だけじゃなく価値観まで違うから。
 俺には樹の考えがわからない。

 だから、考えるのを止めた。

「はっ…、」

 俺は小さく息を吐いて、腕に力を込める。今だ樹の腕の中。正直落ち着かない。

「─っ゛」

 少し動くと下半身に特有の鈍痛が走った。俺は動きを止めて、ジンジンと重く響くその痛みに唇を結ぶ。
 この痛みともこれから付き合って行かなきゃいけないんだな。
 自嘲気味に思いながら上体を起こす。
 寝ているせいだろうか。絡まる樹の腕は緩くて、難なく抜け出せた。

 ……あれ、また。

 起き上がって初めて気付いた。上だけだけど、この前と同じく服を着せられている事に。
 その服はサイズが大きくてぶかぶか。袖が指先まで隠しそうな程に長い。

 もしかしてこれ、……樹の。

『俺の制服をあやが着ると、こんな風に俺に一日中抱かれてる気がしない?』

「〜っ、」

 蘇る、学校で言われた樹の言葉。
 今は樹の腕の中じゃないのに、まだ樹の腕の中のような居心地の悪さを感じて落ち着かない。

 着替えないと。
 そう思い立って、俺は樹の部屋を静かに抜け出した。
 樹の部屋を出る寸前に見た時計は、七時半を示していた。

 ……まだ母さんが居るかも。

 過ぎる考えに足が止まる。母さんの出勤時間は、七時前から十時頃までと日によってまちまちだった。だからいつもは前日の夜帰って来た時、翌日の出勤時間を聞くんだけど……。

 俺、昨日母さんに会ってない。

 多分、母さんが帰って来る前に意識を飛ばし寝てしまったんだろう。て事は最中の声や音を聴かれてバレる、なんて心配は無いだろうけど。

 変に思われてたりしてないだろうか。

 仮病だけど風邪って言った直後だ。心配して部屋を覗きに来兼ねない。そうしたら、俺が部屋に居ないから、絶対変に思うよな。
 もしかして、樹のベッドで寝てるの見られてたりして──。
 と、そこまで考えて思い出す。自分の現状。むしろ格好。
 大きいから太股辺りまで隠してくれてるけど、ぶかぶかのシャツ一枚だけを着て足を出してる今の格好を見たら、それこそ頭おかしくなったと思われそうだ。

 早く着替えてしまおう。

 過ぎた過去より、起り得る未来の方が優先だ。そう考えを纏めて、俺はそろり足音を忍ばせ歩みを進ませた。



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