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何度も何度も、樹は奥を抉るように俺の中に激しく突き入って来る。
急激に与えられる過ぎる熱を消化し切れなくて、それが涙になったみたいに止めどなく溢た。
「っい、ぁ゛! ──ああ!」
激しく襲う快感の波をやり過そうと、俺は手に触れたシーツを力いっぱいに掴んだ。
気休めでも、何かに縋っていたかったんだけど。
「手の位置は、ここだよ」
その手を掴まれ樹の首に回される。
律動は止められて、狭まった距離で真っ直ぐに見詰められた。
「……ぁ、」
こんな事してる最中に目を合わせるなんて、凄く気恥かしくて戸惑った。だけど樹の目に捕らえらてしまったように、視線を逸らす事が出来なくて、俺は呼吸を忘れた。
見詰められたまま樹の顔が近付いて、またキスをされる。
「ぅ……ん、っんぁ!」
それと共に中断されてた律動が再開されれば、再び沸きおこる強い快感に樹の望み通り縋ってしまう。
「ひっ……あぁ!」
「、っ……イイ声」
「っ! っ……ん゛、ぅ」
自分の物じゃないような、聞き慣れない鼻から抜ける声。樹に聞かれたくなくて、恥ずかしくて、唇を噛んで声を押し殺した。
「あや」
腰の動きが止められ、耳元で低い声が響く。戸惑ったけど顔を擡げてみれば、樹の指が伸びてきて唇に触れた。
「噛まないで」
血が出る、と言いながら樹は唇を重ねてきた。何時もならすぐに割り入れる舌を入れる事なく、樹はさっきまで俺が噛んでた辺りの唇を、角度を変えて口と舌で啄むように舐める。
「……ん……っ」
凄く、嫌だ。
まるで癒すみたいに優しかったから、そう思った。
「んっ、……ぅあ!」
再開される律動と共鳴するように。もう声は抑えない。抵抗する事を抵抗した。
「呼んで、俺の名前」
「ん、……ぃっ、き」
「っ……もっと、沢山」
「ぃつき……いつっ、──んあ!」
言われるがまま、喘ぎの間で樹の名前を繰り返した。
「そう、わかる? 今あやを抱いてるのは俺だよ」
耳朶を甘噛みしながら囁く。その低い声の響きが、身体中の熱に溶けて浸透する。
「言って。あやは誰のもの?」
聞かれた問いを理解出来る冷静さなんてなくて。訳もわからず俺は呼び慣れた名前を繰り返した。
「いつき、いつっ──んあ! いつきっ……ぃ!」
「そう、感じて。俺を」
「うぁっ!」
自らの存在を刻み付けるように、樹は奥まで突き上げる。その衝撃に身体が仰け反った。
「っとに……あやは、……かわいい」
「あぁっ……ひ! やあぁ!」
「俺を惹きつけてっ……放さない」
自覚ある? と聞かれた言葉は、熱に浮された頭に入る事なく消えていった。
「絶対、……放さない。大好きだよ、あや」
「、っ」
嫌だった。心許無くて。
樹の触れ方や言葉一つ一つに、気持ちや身体が飲み込まれそうになる。
早くこの行為を終わらせて、樹から離れたかった。
◇
いま、何時だろ……。
何時間も経った気がするのに、外から入り込む日差しは帰って来た時と変わらない温かさだったから、そんな疑問が過った。
「っ……ぅ゛……、」
息を吸うと喉に痛みが生じて、急激な喉の渇きを感じた。また痛めたのだろうか。
「ッぇ゛──」
ギシリとベッドの軋みが聞えて、横わっていた体の後ろから伸びてきた手に、顎を取られる。無理矢理に変えられた視界に映ったのは、俺に覆い被さる樹の姿。
何も言わず顔を近付けて、唇を重ねた。
「っん! ……ん……ぅ」
樹の口から液体を流し込まれた。一瞬体が強張ったけど、感じた味が知ったものだったから、俺はそれを受入れた。
「──は、」
全て飲み干せば、アメを舐めるように俺の唇をぺろりと舐めて樹は離れた。
「変な薬だったらどうする」
したり顔で聞かれて、俺は首を振る。
「っ、そんな事……しないだろ」
確信があったわけじゃない。
けれど、さっき飲まされた味はこの前ベッド脇に用意されていた物と同じだったから、そう思った。口元を親指で拭いながら、樹はまあねと笑う。
ああ。やっぱり嫌だ。
否定してくれれば良かったのに。さらりと肯定した樹の笑顔に胸が疼く。
自分を保てなくて、流されてしまいそうな不安に、押し潰されそうだ。
今すぐ、樹から離れたい。
「……俺、風呂入ってく──っ!」
上体を起こそうとすれば、ズクリ、と下半身に鈍痛が生じて俺は動きを止めた。
「無理しないで」
「ぇ……っ」
痛みを堪えていれば、背中と膝裏に腕が回されて、樹の腕の中に横抱きされた。
俗に言う、お姫様だっこ。
「ちょ、……樹!」
「暴れないで、風呂なら俺が入れてあげるから」
「っな!」
余計暴れずに居られない。下半身の痛みを堪え樹の胸板を押して、降ろしてくれるように訴えた。
「樹っ、俺、一人で入りたいから、……放してくれっ」
「キツいでしょ身体? 洗ってあげる」
「いい、一人で……大丈夫だから!」
「照れてる?」
「ちがっ、う! 一人で入りたいんだ! だから、放し……」
「また俺から逃げようとか思ってる?」
「………ぇ……、」
抑揚の消えた声音に、俺は動きを止めた。恐る恐る視線を上げ様子を伺えば、樹は冷ややかな目で俺を見下ろしていた。
「言ったよね? 離れないって」
「……そ……れは……」
「嘘だった?」
俺はぎこちなく首を振った。確かに自分の意思で言ったから。
「なら、一緒に風呂入るよね?」
小さく頷けば、樹はそれと、と言葉を繋ぐ。
「今日から俺の部屋で生活しよう」
「……ぇ……」
「そうすればずっと一緒に居られるだろ?」
「……で、も……」
「勿論、いいよね?」
反論を許さない樹の物言いは、選択肢なんて与えてくれなくて。
「あや」
答えを急かす呼び掛けに、再び頷くしか無かった。
樹は満足したように笑い、唇を重ねてくる。俺はそれを無抵抗で受け入れた。
樹とずっと一緒に居たら、多分俺は、飲み込まれてしまう。肌を重ね合った時の不安が、現実の物になろうとしているのだと。
「行こうか」
唇を離すと、樹はゆったりした歩調で入口に向かった。
その腕の中。
小さな揺れを感じながら、目前に迫った恐怖の重圧に潰されそう身体を、自らの腕で抱えて耐えるしかなかった。
Third day end
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