6
樹は何もしないと言った。それはきっと俺次第なのだろう。
守る、なんて聞こえの良い物じゃない。
俺のせいですぐるに何かされるのは俺が嫌だ。それに万が一、樹が人の道に外れた事をするのも嫌だ。
一種の我が儘みたいなもの。
俺が我慢して丸く納まるのなら、その方が良い。
だからもう、決めたんだ。
初めて俺から樹にキスをした。
「っんぅ!?」
触れるだけでもキスはキスだ。と樹の唇の感触がしてすぐ離れようとした。けれど、後頭部に樹の手が回され、口内に舌を割り入れられる。
驚いて思わず樹を押し退けそうになったけど、その気持ちを無理矢理抑えた。
拒否する訳にはいかない。堪えるしかない。
「んっ……んぅ……う!」
口内を貪られながら、俺の身体はベッドに押し倒された。その勢いのまま、樹の手は俺のシャツのボタンに移る。
「っ、」
体がビクリと跳ね、俺は反射的に樹の腕を掴んで制止してしまった。
その行動に樹は上体を起き上がらせ、俺を見据える。多分、不服なのだろう。
「……なに……する気だ……」
愚問なのかもしれない。樹が何をしようとしてるのかなんて、、予測に容易く無い出来た。
だけど最後の悪足掻きでも、可能性を否定したかった。
もう、……したくない。
状況的に他の可能性なんて有り得ない。それでも俺は、その有り得ない可能性に縋りたかった。
「セックス」
「っ、」
だけど樹の端的な言葉が淡く滲む可能性を一蹴する。たった一言なのに、まるで高い所から落とされるような、心臓が突き抉られる衝撃。
いっそ、聞かなきゃ良かった。
「あやは、俺の事好きなんだよね?」
タイミングと聞き方に微かに違和感があったけど、俺は小さく頷く。
樹は口端を上げた。
「それなら、嫌な訳ないよね?」
「っ―、」
樹は多分、確信犯だ。俺の逃げ道が塞がれて行く。
嫌だけど、嫌だなんて言えなくて。
「……こわ、い……」
俺は震える声で言った。樹は俺を安心させようとしてるのか、柔らかな声音で言う。
「大丈夫、全部俺に任せてればいい」
だから手を放せ。と言いたげに、樹は俺が掴んだ儘の腕を見せ付けるように目の前に移動させる。おとなしく放したら、いい子、と頬を包むように樹に撫でられた。
その樹の手は首筋を伝い、再び俺のシャツの釦を一つずつ外して行く。
俺はその光景をただ、抵抗せずに見ているしかなかった。
「キスマークはないみたいだね」
ワイシャツの全ての釦を外して前をはだけさせると、樹は俺の首回りに指を這わす。多分すぐると俺との関係を、まだ疑っているのだろう。
「樹。俺、本当にすぐるとは何も……」
すべてを言い終る前に、唇に指を押し当てられる。
「俺の前で名屋の名は出さないで」
いいね? と続いた問いに小さく頷けば、樹は満足したように笑い、唇に当てた指を離した。そして、覆い被さり顔を近付けてきて、
「でも、俺が付けたのも無くなってる」
俺の首元に顔を埋める。
「っ、」
直後に痛みが走った。樹が顔を埋めた辺り。経験から、それがキスマークを付けられている痛みだとわかった。
だけど前と違い、まるで噛み付かれてるような鋭い痛みだ。
「これなら当分は消えない」
顔を上げた樹は笑みを浮かべ、その箇所を愛でるように指でなぞる。見なくても想像がつく。目立つ位ハッキリ付けられたのだろう。
「これから毎日付けてあげる」
「……、」
「あやが俺の物なんだって、身体中に刻み込んであげるよ」
樹の望みを受け入れると決めたんだ。樹が求める限り俺は応じなきゃいけない。わかっていたつもりだったけれど。
気が遠くなりそうだった。
「……まい……にち?」
消え入りそうな俺の問いに樹は、ああ。と笑う。
「毎日あやの肌にも内にも、俺を刻み付けてあげる」
言葉と共にカチャリと無機質な音が聞えた。視線を移せば、樹が俺のズボンのベルトを外しに掛っている所。
「っ、……いやだ!」
思わず身を引いてしまう。その反応に、ベルトを外そうとしていた樹の手が止まる。
「……嫌?」
「ぁ、……違……」
先ほどよりトーンの落ちた樹の声。まずいと思い、俺は直ぐに首を横に振り否定する。
樹は何事かを考えるようにぐるりと視線を巡らせて、なら、と言葉を続けた。
「自分で脱いで」
「……ぇ……」
「あや、さっきから俺の行動に怯えて全然先に進まないし、でも脱がなきゃ出来ないだろ?」
まるでそれが正論であるかのように諭しながら、樹は俺の腕を引張り半身を起き上がらせる。
「ほら」
そして、俺の手をベルトに導く。
(……そんな)
樹とするために、自分で脱げって言うのか……?
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