For one week | ナノ


 
「……ぇ……」

 すぐるが居なくなればって、どういう意味だ。
 言葉の真意を拒絶するように、頭が真っ白になって働かない。心臓ばかりがどくどくと大きく脈を打って、嫌な汗が流れてきた。

「……ど……ゆ事だ?」

 やっとの思いで発した言葉は情けない位に震えてて、掠れる程に小さかった。だけど聞こえてるはず。
 なのに樹は答えない。

 それで終わらせられなかった。

「すぐるに、……何する気だよ」
「何も」

 そんなの嘘だ。

「今言ったじゃないか……! すぐるが居なくなれば、て──ッ」

 黙れと言うように、俺の口を樹の口が塞ぐ。直ぐに口腔へ舌が割り込んできて、激しく掻き乱された。

「んっ、……ん゛ん! ……や、いつっ……んぅっ」

 っやだ、いやだ!
 こんな事で話を有耶無耶にされてる場合じゃない。

 俺の顔を固定する為に拘束を解かれた手で、樹の胸板を叩いたり押したりと抵抗した。それが効いたのかそれともキスに満足したのか、樹は離れてくれた。

「っは、……樹。……すぐるに、何……」
「俺はね」

 俺の言葉を遮るように樹が話し始める。その先を待つ為に、俺は残る言葉を飲み込んだ。

「どうでもいいんだよ、あいつなんか」

 本当にどうでも良さそうに、樹はどこか遠くを見る。
 でもすぐに視線は俺に戻って、只でさえ近くにあった樹の顔が一層近付いてきた。

「俺が欲しいのはあやだけだから。あや以外興味ない」

 そう囁くと、樹は俺に触れるだけのキスを落とす。

「……なら、……何ですぐるを嫌うんだ」

 樹のすぐるに対する敵意は、常軌を逸しているように思う。
 樹は忌々しそうに言った。

「あいつは俺からあやを奪う」

 だから嫌いだ。と明された答えに、疑問が沸いた。

 ……うばう?

「昨日だってそうだ。あやが俺の元に帰って来ないのは、名屋のせいだ」
「っ……」
「名屋があやを惑わすんだ」
「っ、……違うんだ、樹」

 俺は横に首を振り樹に訴える。

「昨日は……俺の意思で行ったんだ。すぐるは関係ない。俺が考えて、行動した。すぐるは悪くないんだ」

 出来るだけ樹の神経を逆撫でしないよう、苦心しながら慎重に言葉を選んだ。
 誤解を解いて、理解して欲しかった。

「……だから、すぐるには何もしないでくれ……」

 俺は樹の目を見て、震える声で懇願した。
 黙って聞いていた樹は、何事か考えているのか、沈黙を挟めてから口を開いた。


「なら一層あいつは邪魔だ」

 俺は目を見開く。

「……な……んで」

 俺の意思なのに、すぐるが邪魔だなんて。
 
「あやは俺の物なんだ」

 何度も言われた言葉。
 頬を包んでいた手が背中に回され、樹の腕に収められるように抱き締められた。

「身体も、声も、……それに心も」

 全部俺だけの物だ。と暗示を刷り込むように樹は俺の耳元で囁く。

「だから、許さない」
「っぅ゛……」
「それが少しでも、揺るがされる事は」

 樹の抱き締める力が増した。痛いほどの締め付けに顔が歪む。

「あやが考えて自分から名屋の元に行ったなら、それ程名屋があやの心を惑わしているなら……」

 耳元で聞こえる樹の声は、苛立ちを帯びていた。肝心な部分を残し止まった言葉に心臓が乱される。
 焦らすように間を置いてから、抑揚を下げて樹は言った。

「その根源を排除するまでだ」

 樹の言い方は抽象的なのだけど、確かなのは、俺が樹以外を見るのを、思うのを、樹は許せないのだろう。
 例えそれがどんな感情だとしても。

 だから、すぐるが邪魔なんだ。

 俺は震える手で樹のシャツを掴み、樹の胸元に埋まる形になっていた顔を上げる。見上げた樹は冷やかな瞳で俺を見下ろしていたから、直ぐに目が合った。
 樹の目を真っ直ぐに見つめた。

「……俺は……いま、ここに居る、」

 唐突で脈絡がなく、わかり難い台詞だなと自分で思った。それでも樹は言いたい事を察したようで、昨日は居なかった。と返してくる。言葉が詰まった。一拍置いて、俺は続けた。

「これからは、……居る……から。も、離れたり……しないから」

 それじゃ駄目か? と喋る声は情けないほど震える。それに体も。
 恐れは拭えない。けれど、これしかない。

「俺の事、好き?」

 樹の手は俺の髪に触れ、あやすようにやんわりと撫でる。

「………好きになるように……する」
「それじゃ足りない」
「っ、」
「俺があやに抱く気持ち位、あやも俺を想って」

 何て理不尽な要求。それでも俺は受け入れる他ないから、わかったと答えた。樹は笑みを浮かべ、それなら、と一つの要求を言ってくる。

「キスして」
「……ぇ……」
「あやから」

 俺を見詰める樹の視線。
 強く、ただ真っ直ぐに俺だけに向けられている。

 逃げられない。直感がそう告げた。

 俺は樹の頬を包み、自らの方へと引き寄せた。


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