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大丈夫……なんて保証はない。
だけど、話せばきっとわかってくれるはず。
万が一最悪な状況になったら。いざとなったら、樹の願いを少しだけでも受け入れようと決めていた。
そうしてでも、兎に角冷静に話し合える状況を作らなきゃ。
「──そうだ、……携帯……」
玄関の前に立ち沸々と巡らせていた考えは、ふと思い出したアイテムに遮られる。すぐるの家に泊まる事になってから、着信音をオフにしていた携帯。
もし着信音が聞こえたら震えてしまいそうだったから、ショルダーの奥にしまって見ないようにしていた。
肩に提げたショルダーの中を弄って、携帯を取り出す。目を瞑り、一度深呼吸。それから起動させて細目に液晶を見た。
「……………」
ロック画面には時刻のみが表示されていた。
念のためロックを解除して電話とメールの確認をするが、着信も未読メールの表示も無かった。
「……あれ……?」
樹のあの様子なら凄まじい着信数があるのかと懸念していただけに、……何だか拍子抜け。
(もしかして俺が大袈裟に脅えてるだけなのか…?)
そんな考えが過れば、少しだけ肩の力が解れる。
「……よし、」
だから意を決して、俺は玄関のドアを開けた。
最初に目に付いたのは整えられた大きな靴。毎日見てるから、それが樹の靴なのだと認識するのに時間は掛らなかった。
樹が、居るんだ。
樹の存在を感じるだけで体が強張った。けれど、頭を振って沸き上がる恐怖心を追いやり、俺はゆっくりドアを閉めた。
家の中は静寂に包まれて、人の気配すら感じない。だからドアが閉まる重く無機的な音が隅々まで良く響いた。
きっと、俺が帰って来たのが樹に伝わっただろう。
靴からスリッパに履き変えて階段に進んだ。リビングは物音一つしないから、樹は二階に居るのだろう。そう思ったら階段を上るのが無意識に忍び足になっていて、気付いて苦笑いが溢れた。
一段一段、着実に上って行けば大した段数がある訳じゃないから、直ぐに二階に着く。
廊下を挟み、俺の部屋と対面してる樹の部屋。
そのドアの前に立ち止まる。
俺は再び深呼吸して、ノックをしようと手を上げた。
けれど、目的を果たす事なく俺は手を下ろした。
駄目だ。体が震えてる。
まだとても会える勇気がない。
一旦自分の部屋に戻って、もう一度気持ちを整理させよう。話し合うのはそれからでも遅くない。
そう考えを改めて、踵を返し自分の部屋に向かう事にした。
自分の部屋のドアノブを回す冷たい音が響く。その小さな音に後ろを振り返った。音に気付いて樹が出てくるんじゃないかと思った。
だけど、樹が出てくるどころか物音一つ聞こえない。
それでもまだ不安で、俺は回したノブを押して開いた戸の隙間から、樹の部屋を窺いつつ後退りで部屋に入った。
頭を残し部屋に入りきった所で、一度止まり、改めて樹の部屋を伺った。
状況はさっきと変わらず、物音一つしない。
もしかて樹、……寝てる?
それとも、俺が過剰に反応し過ぎなのかもしれない。
そんな考えを巡らせながら俺は肩の力を抜き、そっと部屋のドアを閉めた時だ。
「っぇ…──あ!」
バタンッと大きな音と振動を響かせ、押していた筈のドアが引かれるように勢い良く閉まる。
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
「朝を通り越して、昼帰り?」
抑揚の無い声は、俺の後ろ、至近距離から。気付けば顔の横にドアを押さえるように着かれた、後ろから伸びる手がある。
その声と手の主が誰かなんて、考えるまでもない。
まさか俺の部屋に居るなんて思わなかった。
「っいつ……あ゛っ───」
後ろを振り向こうとした瞬間、息が詰まる程の圧迫が首に掛かり、直後に足が地面から浮いて、直ぐ後に背中に生じた衝撃。
理解するには情報が少な過ぎて、知覚だけでは自分が何をされたか把握出来なかった。
「──ッゴホ! ……ゲホッゴホ、……ゴホ……!」
「俺だけじゃ足りなかった?」
首に掛った圧迫がなくなってむせてる俺に、相変わらず要領を得ない言葉が投げられる。視線を向ければ、やはりと言うべきか、俺を見下ろす樹の姿があった。
自分の状況を確認しようと視線を巡らせば、ドアの前に居たはずなのに何故かベッドの上で横になっていた。
樹はその足元に立っている。
察するに、樹に襟足を掴まれてベッドまで投げ飛ばされたのだろう。
……何て馬鹿力だ。
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