For one week | ナノ


 
「俺、すぐるを嫁にしたい」
「親の次は嫁なのか」

 すぐるはくすくすと面白そうに笑うけど、失礼じゃないか。半分以上は本気の言葉なのに。

「この味噌汁うまいよね」
「ダシがきいてますからね」
「何のダシ入ってんだろ?」
「煮干しからダシとって本ダシと醤油を隠し味に入れました」

「………は?」

 また驚いた。勝手にインスタントだと決めつけていたから。

 味噌汁をダシから作る高校男児なんて、希少価値じゃないだろうか。

「すぐるが女の子だったら今すぐ結婚したい」

 本気で思う。ああ。俺の理想は料理上手な子なんだと悟った。

「毎朝俺の為に味噌汁作ってよ」
「それってプロポーズ?」
「すぐ子さんに向けての」
「すぐ子は無いだろ。すぐ子は」

 確かにすぐ子は微妙だ。自らのネーミングセンスを疑った。

「じゃあすぐるで良いから女になってよ」

 真顔で言ったら、無茶言わないのと苦笑いされた。勿論無茶なんだけど、わかっているけれど。諦めきれない位においしい。きっとこう言うのを味に惚れるって言うんだろう。

 なにはともあれ。


「ご馳走さまでした」

 全て綺麗に戴きました。





「綾斗」

 カチャカチャと響く音の間に呼ばれる。俺はつけていたテレビから、食器を洗う後ろ姿へと視線を移した。洗うの手伝うと言ったのだけど、客人は座っててと断られこの現状。

「この後どうする?」

 切り出した理由はわかってる。すぐるのバイト時間が迫っているんだ。

「七時間は帰って来れないと思うんだ…」

 すぐるにしては小さい声音は、どこか申し訳なく思ってる表れなのだろう。すぐるが気にする必要なんてないのに。
 きっと寂しいとか暇だと言ったら、ごめんって返ってくる。

 すぐるはそういうヤツだから。

「帰るよ」

 昨日から考えて、決めていた。
 俺からの返事に洗う手が止まり、後ろ姿の彼は振り返る。

「大丈夫なのか?」

 何も知らない筈のすぐるからの言葉に、少し違和感を覚えた。

「……うん」

 根拠も自信もない。それでもこの儘じゃ何も変わらない。すぐるに迷惑を掛るだけ。それはだけはわかる。

 だから決めたんだ。

「帰るよ」

 精一杯の笑顔で言った。


 
 方向が一緒だから途中まで送るよ、と二人で歩く家までの帰り道。

「俺って自称癒し系なのよ」

 隣を歩くすぐるが、唐突に言った。それが理解不能だったのは、脈絡のなさのせいだろうか。疑問を抱く俺をよそに、すぐるは続けた。

「俺の関わった人には心穏やかでいて欲しいのね」
「……心?」
「そ、」

 自己満の理想論ですが。と目を細め笑う。その笑顔は確かに“癒し系”にピッタリだと思った。

「……ねぇ、綾斗」

 少しの沈黙を挟み聞こえた声は、隣ではなく後方から。
 足を止め振り返れば、すぐるは俺より2・3歩後ろで止まっていた。

「その理想には綾斗も入ってんだよ」
「……へ、」
「だから、また来てよ」

 切なげな笑みで言われた言葉は、どこか願いのよう。

(ああ、……そうか)

 泊まる事になってから、すぐるは何かを聞く事はなかった。俺も何も喋らなかった。
 でもきっと、気付いていたのだろう。俺の不安を。心細さを。それで敢えて聞かなかったのだと。気を、遣わせていたのだろう。

 それは多分、今も。

「……うん、うん。……ありがと」


 それとごめん。
 小さく言えば、下げた俺の頭をすぐるの手がクシャリと撫でる。

「そんじゃ、」
「ぇ……っあ」

 頭を撫でる手が離れ、俺の手を拐う。
 小指と小指を絡められて。

「約束」

 にっ、と見慣れた笑顔を向けられた。俺は一瞬戸惑ってしまったけど。

「……ん、約束、」

 笑顔を返し、絡まる指に力を込める。

 それから指きりで約束をして、俺達は別れた。





 すぐると別れたのは、家まで間もない場所だった。けれどその距離の割に歩くのに時間が掛ったのは、少し重く進みが鈍くなっていた歩幅のせいだろう。

 そんな事を考え、立つのは家の玄関前。
 見上げた我が家は住み慣れている場所なのに、奇妙な、心細さを沸き立てられる。

 いざ帰って来れば、決意とは裏腹に膝が笑っている。ドアノブに手を伸ばそうと思うのに、その手が言うことをきかない。
 俺は震えるその手を胸元に寄せ、片方の手で握りしめる。


prev / next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -