For one week | ナノ


 
「……どうすれば良いんだろ……」

 目の前の大きな鏡に映る自分に問い掛けた。勿論返事はあるわけ無ない。返事なんかされたら恐くて泣いてしまいそうだけれど。
 期待していた訳じゃなくて。静けさが虚しくて、何だか疲労感が増した。

「……はぁ」

 自然と深いため息が漏れて項垂れる。その横からドアノブが回される音が聞こえた。反射的に頭を上げ横目に視線を向ける。
 利用状況は稀ではあるが皆無なわけじゃないから、この場所に人が来る事自体不思議ではないのだけれど。

「……っ、」

 静かに開かれて行くドアの間に現れた人物に、その顔に、俺の身体は石になる。
 十分にドアが開かれてから余裕を見せ付けるようにゆったりと入って来たその人物は、視界に俺を捕えると口角を吊上げた。

「俺に会いに来た?」

 状況的に真逆な事を言いながら入って来たのは、今一番会いたくない樹だった。二人きりの空間を作り出す閉められたドアの音が、無情に耳に残響する。
 質問の答えを待たず、樹はまた言葉を繋いだ。

「昨日はごめん」
「……ぇ……」

 樹からの唐突な謝罪に驚いた。樹が…謝ってる?
 それはさながら暗闇に射し込む暁光のように、今しがた迄の悩みに解決の光を示す言葉だった。

 だけどそんな俺の淡い光は、続く樹の言葉に打ち砕かれた。

「意識無くなるまでシたのはヤり過ぎたって、反省したよ」
「〜ッ、」
「乱れるあやがあまりに可愛くて、歯止めが効かなくてさ、」

 うっとりと語られるのは、耳を塞ぎたくなる恥ずかしい内容。喋りながら少しずつ近付いて来る樹から、俺は距離を取るため後退る。

「あやの体にだいぶ負担掛けたから、今日はゆっくり休めるようにしておいた筈なんだけど、……体きついだろ? なのに無理してまで来て、俺が居なくて寂しかった?」

「っ、……ふざけんなっ!」

 自分勝手な解釈ばかり宣う樹に、堪らず声を荒げた。
 俺が学校に来たのは勉強に遅れない為。偏差値が高めなウチの高校でお世辞にも頭が良いと言えない成績の俺は、一回の授業の遅れが致命傷になり兼ねない。
 それを言うと、樹はわかってないなぁと溜め息を吐いた。

「俺に会いに来たって、付き合ってるならそれくらい可愛い事言って欲しいもんだよね」

「──俺はお前と付き合ってるつもりはない!」

 俺のその言葉に、樹の顔から先ほどの笑顔が消えた。
 
 その時の俺はそんな変化に気付く余裕は無くて。

「さっきのもどう言うつもりだよ!? クラスの皆にあんな事言って!」
「……あんな事?」
「彼女が出来て名前があやってのだよ!」
「……それが、何」

 しれっと事も無げに答える樹に驚いて、──ムカついた。俺の余裕の無さと反比例した樹の態度に、その温度差に、更に頭に血が上った。
 だから気付けなかったんだ。

「あんな事皆に言って、嫌がらせしたいのか?! 皆に疑われるかもって脅える俺を見て楽し──」

 ドン、と背中に何かが当たって、足が止められた。

「……ぇ、」

 振り返れば、後はタイル貼りの壁。直後にバシンッ! と傍で耳に刺さるような音が響き、驚いて目を瞑った。
 薄く目を開けば、俺の頭は壁に着かれた樹の手によって挟まれた状態。

 俺はいつの間にか、壁際に追い詰められて居た。

「……付き合うって、」

 ポツリと聞こえた呟きに視線を上げれば、表情の消えた樹の顔。

「言ったよね?」
「……そ、れは……お前が無理矢理……」
「言ったよ、ね?」
「ッ……」

 有無を言わせぬ気迫に、俺は詰まったように言葉を返せなかった。

 至近距離で自分の上から注がれる樹の視線は、無表情なのに威圧的で。耐えられず俺は顔ごと目線を下に逸らした。
 その途端。
 両手で頭を掴まれれて、

「──っ!!」

 食べられるんじゃないかっていう程の、噛みつくようなキスをされた。

「っん! ぅっ……んぅ!!」

 慌てて樹の胸元を押したり叩いたりと抵抗するが、ビクともしない。抵抗が無駄に終わっていく間にも、樹の舌は俺の口内に割り入ってきて、縦横無尽に掻き乱す。
 俺は急激に展開される事態に混乱してしまい、

「ッ─!」

 ワザとじゃ無いけれど、樹の舌を噛んでしまった。

「……ぁ、……ごめっ……」

 手で口を押さえて離れた樹に、思わず謝罪が口を吐いた。そんな俺を樹は睨むように一瞥して、一瞬戸惑った隙に再び俺の頭を掴んで唇を押し付けてきた。

「ッ──!」

 口の中に広がる鉄の味に顔を顰る。まるでそれを塗り込むみたいに、樹の舌は口内を掻き乱した。
 俺は混乱と恐怖から抵抗力を無くし、不本意ながら樹から与えられるキスを受け入れた。

「──っは、……はぁ、」

 散々翻弄され解放された時には息が上がり、吸い取られたみたいに文句を言う気力は無くなっていた。


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