For one week | ナノ


  
 今ではクラスの半数が樹を囲み、樹の彼女の話題に釘付けだった。
 周りのクラスメイト達は口々に誰だ誰だと推理合戦してるのを楽しむように、樹は薄い笑みを浮かべている。
 それが加熱するのに比例して俺の鼓動が速さを増し、もう破裂するんじゃないかって程に達した時。


「じゃあヒント」

 声を弾ませ樹が言った。
 その言葉が暗示となって、クラス全員を停止させる。皆、一字一句を聞き逃すまいと固唾を飲んでいた。

 静まり返った教室に、樹の声が響いた。

「名前は、あや」

 樹から出された名称に、誰だ、どいつだとクラス中が湧き立つ。その盛り上がりとは逆に、俺の気持ちは真冬の海に沈むようにどんどん冷え落ちていった。

 昨日の事があった今日で、名前があや。
 あや違いの別の子だとか、否定するのも辛い程に答えを導く材料が増え過ぎた。
 隣の列、一番後ろの席に座る樹を振り返れば、タイミング良くなのか俺を見ていたのか、樹と目が合って。

 樹が口角を上げ笑う。
 それが決定的だった。

 樹の言う“彼女”は、間違いなく俺のことなのだろう。


「俺らが知ってて藤森より可愛い……あやちゃん?」
「いたか? そんな子……」
「情報が増える度に迷宮入りするんだが」
「誰か金田一少年の孫を呼べ」
「いやいや、少年が孫だろ」

 どうやらクラスの皆は、相手が俺だなんて欠片にも思ってないみたい。常識的に考えれば男で、しかも兄弟の俺が疑われる訳がない。
 当たり前なその事が、今は唯一救いだった。

「へぇ、弟君に彼女が出来たのか」

 泣き真似に飽きたのか樹の彼女話しに興味を持ったのか、いつの間にか席に座っていたすぐるが、どんな子だろう? と聞いてくる。俺はさあ、と適当に流した。

「てかさ、彼女の名前があやって、綾斗的に微妙じゃないか?」
「……っ」

 何気なく言われたすぐるの言葉に、肩が小さく跳ねる。
 名前が似てる程度で言われた言葉とはわかっていても、まるで俺だとバレてるのでは無いかと云う脅迫観念となって襲いかかる。

「どした? 顔、青いぞ」
「……ぇ、」
「汗も出てるし。具合悪い?」

 心配そうに顔を覗き込んで来るすぐるに、俺は何でもないよと笑顔で答えた。

「でも……」
「こらお前らー、チャイム鳴っただろ、席に着けー!」

 続けられたすぐるの言葉は、一限目の英語担当の先生が教室に入って来た事で遮られる。先生の一喝に樹を囲んで居たクラスメイト達が慌てて席に戻って行く中。

「無理はするなよ」

 そう言ってすぐるは前を向いた。

(無理、……してるように見えたのだろうか)

 本日二度目になる気遣いに、そんな疑問が沸く。

 母さんにもすぐるにも心配かけて、俺、情けない。これ以上皆に迷惑掛けない為にも、何とか自分で解決しなきゃな。

 授業内容なんて耳に入らなくて、俺はずっとそんな事や樹の発言ばかりを頭に巡らせていた。



 授業に身が入らなかったのは俺だけじゃなかったのか、授業が終るや否やクラスメイト達は再び樹を囲んむ。勿論朝の続きで、樹の彼女の話で盛り上がり始めた。

「……俺、トイレに行って来る……」

 すぐるに告げて席を立つ。教室に居たくなかった。今は賑やかさが居心地悪い。
 前の席からすぐるの声がかかった。

「次、化学室に移動だぞー」
「先に行っててくれ」
「じゃあ、綾斗の教科書も持ってったげるよ」

 笑顔で言われたすぐるの好意に、俺は素直に甘える事にした。

「そう言えば、」
 歩き始めた直後、後ろから掛けられた言葉に足を止められる。声の主はすぐる。

「具合はヘーキ?」

 振り返った俺に向けられた質問に、俺は平気だよ、と出来る限りの笑顔で答えた。
 それで納得したのか、授業遅れんなよと言って、すぐるは移動の準備を始める。その様子を少し見届け、俺は教室を後にした。


 教室の目の前に位置するトイレは利用する生徒が多いから、少し離れた場所にあるトイレに向かう。
 本当にトイレに用がある訳じゃなくて、設置場所の悪さからこの時間滅多に人が来る事がなく適度に近いその場所は、落ち着くには丁度良かった。

 今は一人の空間が欲しかった。



 トイレの戸を開けて、中を覗き左右を見渡す。

「……誰も、居ないな」

 人気が無いのを確認して、中に入り戸を閉めた。

「……はぁ、」

 洗面台に両手を着いたら、意識してか無意識なのか分からない溜め息が自然と漏れた。それに気付いて、何だか一気に疲労を感じてしまう。


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