For one week | ナノ


  
 軽い朝食を済ませた後、学校まで車で送ってもらった。

「具合悪い時は無理しないで帰るのよ」
「わかってるって。母さんも仕事頑張って」

 開けた窓から手を振って遠くなっていく母さんの車を、俺も手を振り見送った。
 母さんの車が見えなくなって声の酷さに無理やりさせられたマスクを外して、携帯を取り出す。時刻は八時四十五分。朝のホームルームが行われてる頃だ。
 ホームルーム中に入るのも気まずいから、俺は終わる頃合いを見計らって教室に入る事にした。



「あ、……綾斗!」

 話し掛けて来たのはすぐる。
 教室の後ろの戸を開けて入る俺を見付けるや否や、すぐに駆け寄って来た。

「遅刻なんて珍しいな」
「ぁ……うん。寝坊……しちゃってさ」
「んだよ、俺が連れ回した次の日に寝坊なんてヤメテよ」

 責任感じちゃうじゃん。と口を尖らせるすぐるに自然に笑顔になる。

「はは、ごめ……」

 すぐるに謝ろうとして、背筋を凍らす悪寒に言葉を呑み込んだ。顔の筋肉が凍りついたように固まり、息が詰まる。
 すぐるの肩ごしに、周りを友達に囲まれているのに俺達の方を見ている樹と目が合った。
 睨み付けるような感情を読み取れない目が冷たくて、俺はすぐに目を逸らした。

「どした?」

 すぐるの問掛けに何でもないと笑顔で言いながら、出来るだけ樹を見ないようにして自分の席へと向かった。
 席に座った後もヒシヒシ感じる痛い視線を、可能な限り気にしないように努める。

「てか声どうした? ガラガラじゃないの」
「ぇ、あ……。き、昨日騒ぎ過ぎたせい……かな」
「また俺のせいか?!」
「……あ、うん。そう! すぐるのせい!」

 誰のせいかと言えば樹のせいだろうけど、ここは昨日遊んだ時に痛めた事にしておこう。

「俺が思う以上に綾斗は繊細って事ね」

 すぐるは少し肩を落とし、お詫びと言ってのど飴を差し出してくれた。それをありがとう、とお礼一つで受取る。

(すぐるに少し悪い事したし、今度お詫びに何か奢ってやろう)

 俺は心の底で小さく謝りながら、実行する保証も無い計画を立てた。

「あ、そだ。みてみて」

 表情を一変させて、すぐるは笑顔で自分の携帯電話を見せてきた。ロック画面の壁紙は何だか見覚えある二人。
 それは昨日二人で撮ったプリクラだった。

「弟くんより綾斗の方が好きよー、て証に」
「……は?」
「ほら、昨日愚痴ってただろ」

「………………ああ、」

 俺は理解したと、手をポンと叩く古典的なリアクションをする。
 昨日樹が呼び出しされた時に、愚痴ってた事か。

「これやりたくてプリクラ撮ったとか…」
「ん。信じた? 俺の気持ち」

 まさかと思って聞けば、すぐるは笑顔で頷いた。

「俺はお前がもっとまともな奴だと信じてたよ」
「ナニソレ」
「バカだって言ってんの」

 ため息まじりに言えば、すぐるは頬を膨らませる。

「バカって言った奴がバカなんだぞ」
「その理屈ならすぐるはバカだよね」
「……うゎ〜ん、綾斗がバカにする〜」

「うぉっ! なっ……名屋放せ!」

 泣き真似をしながら、すぐるは無関係な隣の席の生徒に抱き付いた。

「速水兄! コイツ何とかしろよっ、……重い!」
「冷たい事言わないで、傷心の俺を慰めて〜」
「何で俺がっ?!」
「すぐる、人に迷惑掛けんな、」
「皆が俺を責める〜」

 周りのクラスメイトはその様子を大笑いして見ていて、俺もそんなくだらないやり取りに密かに癒されてた。
 やっぱり学校来て良かった。
 あのまま家に居ても、只々悩んでただけだろうし。

 俺は人知れず細やかな幸せを噛み締めていた。
 そんな時。

「そう言えば樹、藤森とはどうなったんだ?」

 樹の周りに居た一人の生徒が言った。
 その声は不思議と騒ぎに掻き消される事なく響き、クラス中の視線を集めた。

 誰とも付き合わない樹の今回の告白された相手が校内一美人の藤森さんだから、皆結果が気になっていたのだろう。
 俺はすぐるに抱きつかれた生徒の救済に勤しみながら、耳だけを樹の方に傾けた。

「ああ、……断った」
「はぁ?! マジでっ?」
「流石の藤森でも樹様の相手には不足でしたか……」
「藤森なら俺が付き合いたいてーよ!」
「てか、お前と付き合える奴なんていんの?」

 最もと思う疑問を口々に、クラス中がざわざわと騒ぎ出す。
 その騒ぎを沈静化させたのは、騒ぎの種を蒔いた樹自身だった。

「彼女なら出来たよ」

 樹の言葉にクラス中が一気に静まりかえる。
 俺も凍りつき、脂汗が滲んだ。
 頭を過る嫌な予感。

 まさか………だよな?

「はあっ、マジで?! てか藤森じゃないんだよな?」
「ドコ高の子?!」

 詰め寄る生徒の勢いとは裏腹に、樹は薄く笑みを浮かべながらゆったりと答える。

「うちの生徒。あの女より遥かにかわいい」

 藤森さんよりかわいいって。……有り得ないもんな。
 違う、きっと違う。……大丈夫!

 俺は頭に拡がる嫌な予感を懸命に否定した。

「藤森より……可愛い?!」
「居たかそんな奴?」
「思い当たらない。……好みの違いか?」
「三年とか一年辺りならわからない生徒居るかも……」
「でも藤森以上に可愛けりゃ目立つだろ」

 またも最もな事を言うクラスメイト達が、最終的に出したのは樹の地味専説。それを樹は即効否定。

「お前らも知ってる奴」
「はぁ?!」

 樹の言葉に、まるで団結力を得たような一体感ある疑問の声が教室に木霊した。


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