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瞼を突き抜ける眩しさに目が覚めた。
微睡みながら薄く瞼を開く。全てを白く飲み込みそうな光が窓から差し込んでいた。朝か。ぼんやり思って視線を真正面の天井に移動させた。
そこには見慣れたポスターがある。海外のバスケットプレイヤーの振り向き際を、モノクロで切り取ったカットだ。目覚めれば最初に彼と目がかち合う。
そこ迄は何時もと変わらないのだけど。
(……いつの間に寝たんだろ……)
休んだ筈なのに酷い倦怠感と疲労が身体を重くしていて、起きようと上体を起こせば、
「っい゛──!!」
突然襲ってきた鈍痛に、起こした半身をベッドに戻した。
その痛みに蘇る、昨夜の情景。
ああ、そうか、俺……樹に、……犯されたんだ。
思い出せば、下半身の痛みに顔が歪んだ。
一体どれだけ精力があるのか、あの後何回ヤられたかわからない位にヤられた。
「……ぅ゛……あ゛?」
気付けば声は枯れてガラガラ。散々喘がされたせいだろう。途端、急激な喉の渇きを感じた。
──水が欲しい。
その願いが届いたように、ベッドのサイドテーブルにスポーツドリンクのペットボトを見付けた。
俺は都合の良さも無視して、腕だけ動かして早急に喉に流し込んだ。
「……っはぁ、」
半分飲みきった所で潤いに満足した。横になったままキャップを締め元の位置にペットボトルを戻せば、横にメモが置かれている事に気付く。
『中は洗っておいたけど、体きつかったら学校は休め』
必要最低限で、素っ気ないな文章。
書いた主は嫌でもわかる。同時に、都合良く置かれていたスポーツドリンクの謎も。
(……中?)
そのワードで思い当たる部分に、頬が高潮し熱くなる。見れば俺の体は綺麗に洗われ、丁寧に服まで着せられていた。
散々強姦のようにヤリまくって、その後がこれ。
酷いのか優しいのか。
ずっと、嫌われているとばかり思っていた。
なのにその相手に、実の弟に抱かれた。
樹は何度も『愛してる』と囁き、喘ぎの中で『愛してる』と言わされた。
嫌われてるとばかり思っていたけど、俺の勘違いだったのか?
それとも新手の嫌がらせなんだろうか……。
「……わっかんね……」
樹の考えが。
常識を逸脱した樹の言動は、いくら考えを巡らせたって理解出来ない。
ショックが無い訳じゃない。ただ、塞ぎ込むとかじゃなくて、自分の考えを一気に覆され、俺は困惑していた。
事の真偽はわからない。
けれど、体に残る痛みと昨夜の記憶。
それだけは確かな事実なんだと受け止めた。
「──やばっ、学校!」
時計を見れば学校が始まる十分前。身体はキツイけど、休む選択肢は毛頭なかった。
学校に向かうため俺は痛む体を無理矢理起こして、そこで気付く。
「……制服……」
昨日制服着ながらヤられたから、間違いなく汚れているだろう。一度ズボンの中で出したし、……染みになってるかも。
「……まいったな」
転んで制服汚した事にして、ジャージで登校……は流石に嘘くさいか。しかもジャージは確実に浮くだろうし。
夏服を着るにはまだ時期が早すぎる。いや、この場合そんな事も言ってられない。ジャージに比べれば夏服の方が違和感は無いだろうし。
よし、夏服で行こう。
そう決意を固めた矢先、ハンガーを通し壁に掛けられた濃紺色のブレザーに俺を目を奪われた。
それは間違いなく俺の通う高校のもの。
遠目には皺なく綺麗に見える。近付いて手に取って見ても、染みどころか汚れ一つない。
まるで下ろしたてのような、綺麗な制服だった。
「……これも樹が……?」
暫し制服と見つめ合っていたが、時間がないことを思い出しそれ以上考えるのは止め、学校に向かう為に準備に取り掛かる事にした。
「あら、綾斗」
準備を済ませ階段を降りた所で、リビングから出てきた母さんと鉢合わせになった。
「学校行くの?」
俺の姿を見て母さんは首を傾げる。
「風邪ひいたみたいだからって、休みの電話を樹に頼まれてたんだけど……」
「っ……」
出された名前に俺は顔を顰めてしまう。
また、樹か。
「大丈夫なの?」
「……うん、だいぶ楽になったから」
平気だよ、と母さんに笑顔で嘘を吐いた。多分ここで否定する方が面倒だろう。何より余計な心配は掛けたくない。
母さんは俺の額に手を当て、熱はないみたいねと納得していた。
「じゃあ、お母さんが学校まで送ってあげる」
「ほんと?!」
「仕事に向かうついでだけどね」
家から学校までは徒歩で二十分ほど。痛む半身でその距離を歩くのは少し辛いから、かなり有難い申し出だった。
「でもその前に朝食食べなきゃ!」
「……いや、朝食は……」
食欲がないからと断ろとしたけど、病み上がりにはしっかり栄養摂らなきゃ。と退かなそうな母さんの気迫に負け、俺はおとなしく従う事にした。
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