For one week | ナノ


 
 家に着いたのは八時過ぎ。
 辺りはすっかり暗くなり、三分の二を欠けさせながらも綺麗に浮かぶ月が明日は晴れだと物語る、そんな時刻だった。

 クレープは味覚を満足させる美味しさだったけど、そのままバイバイするには娯楽に足らず、俺達はクレープ片手にゲーセンに向かった。
 パンチングマシーンから始まり一通りのゲームに興じ、……最後にプリクラを撮った。いや、撮らされた。

 男二人でプリクラなんて華が無くて気乗りしなかったけど、クレープのお礼はプリクラでいーよと言われ、実は2つ奢って貰った俺は渋々了承したのだ。

 プリクラで多少精神的ダメージを食らいつつも満喫して帰路につこうとした矢先、喉が渇いたとごねるすぐるの希望でマックへ。
 あまりお腹の空いてなかった俺は注文せず、すぐるが頼んだえびフィレオセットのコーラとポテトを少し摘ませて貰った。予期してたのか、ポテトとコーラはサイズアップで頼まれていた。

 それから一時間ほど談笑して、──今に至る。

「……はぁ」

 すぐると居る時間は純粋に楽しかっただけに、これから樹に会わなきゃならない事が負荷になり、足取りを重くさせた。
 俺はショルダーの前ポケットに入ってる元凶を恨めしい思いで睨む。

 以前にも俺経由で言伝をしようとした人がいたけど、『直接言わなきゃ意味無いんじゃないんですか』と聞こえの良い逃げ方で回避したけど。

 今回はそんな余裕なく逃げられた。

「っくそ。自分で渡せっての」

 迷惑だ、かなり。
 出来る限り樹との接触は避けてる努力が、水の泡じゃないか。
 しかも時間が時間。

 絶対詮索されるんだろな……。

 俺は横に視線を向けた。家の一室から漏れる明かり。場所はリビングだ。両親は仕事柄家に居る事が少いから、その明かりはリビングに樹が居るのだと物語っていた。

「……よし」

 ここで燻っていても仕方ない。
 冬の名残を漂わせる風が服の上から身体を撫で、身を震わす寒さが辺りを包んでいた。身体も冷え始めてたから、俺は意を決して家に入る事にした。

 玄関を開いて見渡した家の中はしんと静まり返り、ドアノブを回した音が残響していた。

「……ただいま」

 身に染付いた習慣を小さくこなす。返事はないけど期待はしてなかったから、気にはならない。
 玄関に足を踏み入れれば、整えられた一足のスニーカーが目についた。樹の物だ。
 俺は二足分ほど距離を空けた場所で靴を脱ぎ、スリッパに履き替え明かりの灯るリビングに向かった。微かにテレビの音が漏れている。

 リビングのドアの前で立ち止まり、気持ちを整える為に一度大きく深呼吸してからドアを開いた。

 視線を巡らせれば、リビングの中央に置かれたエンジ色の三人掛けソファの真ん中に、背をかけテレビを見ている樹の後ろ姿を見付ける。音に気付いてかその後ろ姿はゆったりと曲線を描き、テレビから俺に視線を移動させた。
 
 気まずさに、言葉が喉奥に引っ込みそうになる。それを何とか留め、無理矢理押し出した。

「たっ……だいま、」
「ん。おかえり」
「、……ども」
「随分遅かったね」

 樹は喋りながらリモコンでテレビを消し、ソファから立ち上がる。それからゆったりとした歩調で俺の方に歩いてきた。

「っき、……気付いたら時間経ってさ……、──それよりお前に渡す物が……」

 いつもの詮索が始まる前に用を済ませてしまおう、とショルダーの前ポケットに入れた手紙を差し出した。

「どこで、何をしてた?」

 けれどその甲斐虚しく、いつもの詮索が始まってしまった。

「あいつ? 名屋ってヤツ。名屋とどこで何をしてたんだ?」

 俺は眉間に皺を寄せ、不快感を露に押し黙る。それでも樹の追及は続いた。

「答えられない事?」

 樹はリビングの入口に佇む俺の前まで来て、止まる。身長差から見下される形になり、意図せずとも威圧感を与えられた。

「……お前に一々報告する義務はない」

 俺は樹を睨む。樹は目を細め、唸るようなに言った。

「なら名屋と付き合うのやめてよ」

「……は?」

 余りにも突拍子ない言葉に、意味を理解出来なくて反応が遅れた。

 ……なんで。

「なんでお前にそんな事指図されなきゃならないんだよ!」

 樹を一層キツく睨み付る。語気を荒げ啖呵を切った。それでも樹は顔色一つ変えない。俺は手に持ったままの手紙を樹に突きつけた。

「ただでさえお前と兄弟ってだけで、こんなの頼まれて迷惑してんだ!」

 樹は視線を動かし手紙を見る。だけどそれだけ、受け取る気配はない。それが余計に俺の焦燥を煽った。

「羨ましいよな、顔が良く生まれると。勝手に相手が寄って来て選び放題だからな」

 口を吐いたのは日頃の鬱積からの嫌味。その言葉に樹の眉がぴくりと動く。

「なのに誰とも付き合わないのはモテない奴への当て付けか? それとも特定の一人を選ぶより不特定多数と付き合いたいって魂胆か?」

 樹は何も答えずただ上から俺を見下ろしていた。
 理性の箍が外れてしまったのだろう。俺は鬼の首を取ったような気分で、いつもなら絶対言うことのない嫌味を続けた。

「そうだ、藤森さんに告られたんだろ? もちろんOKしたんだよな? 本当羨ましいよ、あんな可愛い子と付き合えるなんて」
「………」
「これで俺もこんな嫌な役やらずに済んで清々する」
「…………」
「これ以上モテるお前のせいで俺に迷惑掛らないように、精々長続きさせ…」

 ─ドンッ!!

「──っ!」

 肩に掛かる圧迫感に押され、背中を壁に打ち付ける。痛みを伴う衝撃に俺は目を瞑った。



prev / next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -