逃避行



伏し目がちにサシャがレギュラスを見つめていると、彼の周りの人々が散り始めた。何事かと壁から身を離して周りを見ると、誰かからお呼ばれした有名なバンドがヒット曲を演奏し出したところだった。その曲に合わせて、ドレスに身に包んだ女性達がパートナーとくるくると踊り出す。一気に舞踏会のような雰囲気になった会場に、サシャは苦笑した。
ふわりと広がるドレスに当たらないように、もう一度壁際に寄る。レギュラスのいた方を見ると、ダンスの誘いを断ったのか、彼のもとには数人の人がいるばかりだった。

サシャはそっと周囲を見回す。マルフォイ家の人々はダンス中。ナルシッサとベラトリクス達はおしゃべりに夢中なようだった。レギュラスを囲んでいた子供達は、踊り始めた彼の親について行ったようだ。

自分を見ている人がいない事を確認する。レギュラス程ではないが、パーティーの序盤、サシャに挨拶に来た人々は総じてほかの純血家に引っ付いているらしい。今ならば、レギュラスのもとに行ける。そう足を踏み出そうとしたところで、レギュラスの姿が見えなくなっている事に気がついた。

サッと、血が下がった。一気に、現実に戻る。

色とりどりのたっぷりとしたドレスが視界を遮り、見通しが悪い。気にかけていた、怪しい動きをしていた人々を思い出しながら、彼らの場所を確認する。呼吸が浅くなった事に気がついて、深く、深呼吸をした。まだブラック夫妻は気がついていないらしい。まずは自分の両親に直ぐに伝えようと、先ほどとは反対方向に足を踏み出した、瞬間。

グッと後ろに手を引かれた。ぎょっとして、仕舞い込んでいた杖に手を伸ばしかけて、犯人を見て、踏みとどまった。
彼の兄を思い出す、悪戯っ子の様な笑顔でサシャの手首を握ったレギュラスに、心底ほっとしたサシャはため息を吐く。それをおかしそうにクスリと笑ったレギュラスは、目立たないように低い位置で扉を指差した。

こくりと頷く。彼らは扉へ、小走りに駆け出した。

サシャが一足先に、重い扉から顔を覗かせる。裏庭に続くそれは長く続く石畳の廊下で、まるでホグワーツの様だった。ガラスの無い窓から吹き抜ける冷たい風が、クリスマスの夜の空気を運んできた。狭苦しい世界から、いつもの場所に戻った。そんな気分になって、サシャはレギュラスに小さく合図を出す。レギュラスが抜け出すには、人が居ない事を確認しなくては危険だったからだ。
サシャが1人抜け出したとしても、両親に叱られるくらいで済むが、レギュラスだとそうはいかない。サシャが両親の苛烈な罵声を浴びるより、レギュラスが大変な目に遭うのが分かりきっていた。

サシャの合図に嬉しそうに頷いたレギュラスが、廊下に躍り出る。そっと扉を閉めて、無駄に大きな声で深呼吸をしだす彼に、サシャはくすくすと笑った。

「お疲れですか、レギュラス様」
揶揄うように声をかけると、レギュラスは綺麗な眉を顰め、先にいるサシャの方に歩き出した。
この言葉は、レギュラスがパーティの中盤から数人にかけられていた言葉だった。"お疲れ"の原因は、彼の兄、シリウスが不在の事。シリウスがグリフィンドールに組み分けされる前から度々あることだったが、その時のパーティーはレギュラスは"次男"として扱われていたから、今回のパーティーが"長男"として扱われる初めてのパーティー。いつもの違う対応に、レギュラスが疲れるのは当然の事だった。



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