予感



「……何をしているんですか」
サシャの背後から氷の様に尖った声が響いた。ふわりと髪を靡かせ振り返ったサシャを見て、彼と目があったレギュラスは微かに表情を緩める。クィディッチをしていた彼の練習着は今日の霧雨でしっとりと湿っていて、兄弟そっくりの艶やかな黒髪はくっきりと光を反射していた。相変わらず天使の輪のようだなと思いながら、サシャはシリウスを睨みつける彼を見守る。シリウスに対する感情は、彼を見ると空気にすっと溶けていった。言葉に出来ない感情を顔に滲ませて、言葉を選んでいるレギュラスにシリウスは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「お前らはあいかわらずべったりだな」
「あなたに言える事じゃ無い」
冷ややかな声で反射的とも言える早さで返答したレギュラスは、兄の隣に並ぶ癖毛を睨みつける。おお怖い、とわざとらしく身体を震わせた彼__ジェームズに、また観客から笑いが起きた。

「僕らはあなたに付き合いきれません。あなたが自由にする事は最早、勝手だ。それでも我が道を行くことと我儘の違いぐらいは分かっているものと思っていました」
硬く澄んだ瞳で睨みつけられたシリウスは僅かに身体を固まらせた。静かに燃える炎を底にたたえた目に、"失望"の二文字と昔の"敬愛"を同時に見て、目が眩んだ。
言い捨てると彼らに踵を返したレギュラスは、ただ静かに眺めていたサシャの手首を掴んで寮に向かって歩き出す。急な動きに、ぱたりと彼の腕の中の本が音を立てた。そして、ふと思い出した様に足を止めて、振り向きもせずにシリウスに声をかけた。
「……母上が、クリスマス休暇にあなたが帰ってくる事をお望みだ」
そして再び歩き出す。そんな彼らに向かって、身動きしないままでいたシリウスがかさついた唇を開いた。

「……目を覚ます事だ」

ぴくりとレギュラスの肩が揺れる。それでも歩みを止めず、振り返りもしなかった彼にシリウスは小さなため息を溢した。

「……君の弟くんは頑固だなぁ」
「まったく、誰に似たんだか」
「多分君だろうね!」
けらけらと笑う親友に、シリウスは本日二回目のため息をついた。弟のしっとりと濡れた繊細な黒髪を思い出す。風邪を引かなきゃいいが、と思わず考えて、浮かんだ苛立ちを友人に向けての右ストレートに込めた。
「いった!?なんだよ、シリウス!痛いじゃないか!」
「……うるさい」



レギュラス、と声をかける。彼の歩みは止まらない。
寮に着いて、レギュラス、ともう一度。手首を掴む彼の指がぴくりと動いた。
ソファに腰掛け、サシャはもう一度呼ぼうと、口を僅かに開いて閉じた。もう一度声に出すと、レギュラスが本心を隠してしまう予感があった。そういう時の予感はよく当たる。

「……なんだよ……」
何故もう一度呼ばないんだと、文句を言いた気にじとりと横目を送られる。サシャが次に名前を口に出した時に反応しようと、ソファから身を起こす準備をしていたのはサシャにも分かっていた事だった。敢えて呼ばないと不満気にする友人が可愛くて可笑しくて、サシャが吹き出す。それに怒ったレギュラスがさらにむくれる。笑いを隠そうと必死に手で顔を隠すサシャが可笑しくて、レギュラスも釣られたように笑い出した。

サシャ達がいる談話室は人気が少ない。上級生は難しい課題が出たとかで、図書館に篭りっきりになっているようだった。下級生は話題の今年のクィディッチに興味深々のようだった。レギュラスとサシャの会話を気にかける者は居ない。
積み上げた借りてきた本の山から適当に一冊取り出して顔を埋めたレギュラスの目は、動いていなかった。タイトルを読んでもいないのだろう。笑いながらぱたりと閉じられた表紙に目を向けた彼が以外そうにサシャを見た。

「『ヒーラーのいろは』?サシャが借りるのは意外だな」
「レグが怪我をしてくるからだろ」
ぽつりと呟かれた言葉に言い返すと、文句を言いたそうに眉を顰められた。ある程度は仕方ない事だ、などと言いたいのだろう。そのやり取りはつい五日前にしたばかりだった。クィディッチはどうしても怪我が多い。サシャはレギュラスが練習に参加するようになって、マダムポンフリーが文句を言うのに、少しだけ共感できるようになった。
ふんと納得いかないように鼻を鳴らして、レギュラスが机の端に『ヒーラーのいろは』を押しやる。それを取り上げるようにしてサシャがカバンに押し込んだ。

「……あの人は何がしたいんだ」
独り言のように呟かれたそれは、きっと思考整理の為に空中に吐き出されたに過ぎないのだろう。遠くを見つめるようにして考え込んでいる友人を横目に、本を開く。レポートに使えそうな部分をピックアップしておいた方がいいだろう。

「クリスマス休暇、帰ってくると思う?」
「帰って来なくても、来ても、波乱が起こる事は確かだね」
これは使えそうだと文字を指で追っていると、レギュラスに本を覗き込まれた。彼で影になって文字が読みづらい。サシャが身体を起こすと多少光が当たった。これで多少は文字が見える。なんとかゆっくりと文字をなぞっていると、指の動きがゆっくりになった事に気がついたのだろう、レギュラスが小さく身動ぎした。元通り、文字が追える。

「それはそうだなぁ……」
「僕も帰るからさ」
眉を下げたレギュラスに、毒にも薬にもならないような事をサシャが言うと、彼はそれはよかったと言ってほんの少し、口角を上げた。



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