帰省

クーラーの壊れた部屋に、開け放った窓から生温い風が吹き込んだ。いつ吊るしたのか分からないほど色褪せた風鈴がチリチリと鳴る。窓から見える景色は木で覆われていて、人通りもまばらな為に人の目なんか気にならない。ブンブンと飛ぶ虫を払って、じっとりと汗ばんだ癖毛の前髪をかきあげた。

「あちぃ…」
ただそれだけである。ダラダラと際限なく流れてくる汗が憎らしい。シャツで額を拭った。ほとんど効果のない扇風機がぶんぶんと音だけ立派にたてている。
手汗でふやかされた書類を机に投げ出して、行儀悪く足を乗せた。コンクリタイル張りのこの部屋は冬は底冷えするわ、夏はサウナになるわと中々過酷な環境だ。

髪ゴムで縛った癖毛が熱を籠らせていてうざったい。
ガシャガシャといつからか机に置かれた試験管を退かして、保冷ポットに入ったアイスコーヒーをビーカーに入れて飲んだ。

ミンミンミンとセミが騒がしい。部屋をサウナに変える太陽が恨めしかった。

遠くからインターホンの音が聞こえた。玄関までは距離がありそこまで行くのが面倒くさい。
「裏まわってくれ!」
まあまあ田舎だからこそ許される雑な対応とゆるゆるの防犯意識。どうせ顔見知りか親戚家族しかいないのだ。


ざわざわと近づいてくる音に眉を潜めた。この家に何人も連れてくるヤツなんて、一人しか心当たりがなかった。

「おい兄貴、玄関ぐらい開けろよ」
帰宅早々に挨拶もない弟が立て付けの悪いドアをガタガタと開けた。裏口に回れと言ったが、ここに来いとは言ってない。裏口はキッチンの勝手扉だ。

「うるせぇ、暑い中仕事してんだコッチは。お前何人連れて来たんだよ」
仕事といっても報酬は出ないからほぼ趣味ともいえるのだが。机の上のモノを押しやりつつ、ドヤドヤと狭い部屋に入ってくる客人たちを睨んだ。ここは客間じゃねぇ。

「おわ、相変わらずあっちいですねココ」
お久しぶりでーす。と挨拶してきた萩にヘイヘイと適当に手を振った。ニコニコと笑う、人なつこいコイツは陣平の幼なじみ兼親友だ。

それ以外の客人は、はじめましてなのに、こんな場所に連れ込むのはどうか。仕方なしに椅子から立ち上がって全員外に追い出した。ちょうどアイスコーヒーも切れたし、ポットを持って裏口に向かう。


「はじめまして」
全員がクーラの効く部屋でひと段落すると自己紹介が始まった。そんなに親しくなる予定ではないから一通り名前だけを聞く。

金髪の降谷零、猫目の諸伏景光、ガタイのいい伊達航。適当にコーヒーをつめながら、顔と名前を一致させる。

「コイツの兄だ、松田名前。医者でもやってる」
エアコンの冷風を楽しみつつ、自己紹介をする。適当に客に出したアイスコーヒーに自分だけウォッカを混ぜて飲む。なかなかうまい。

「昼間っからのんでんのかよ」
「のまねぇとやってられねぇ」
そもそも大していれてねぇし、香りだけだ。酒飲みの様な事を言うと伊達が苦笑した。程々にした方がいいですよ。降谷に指摘されて、面食らって顔を上げると真顔の降谷と親指を立てた弟と萩と目があった。

「医者って、診療所でもやってるんですか?」
仕事をしていた割にいつまでも休憩している俺を見て諸伏が首を傾げた。質問に応えられる筈の陣平は我関せずといった顔で庭にいる野良猫を目で追いかけている。

「…元々はそうだったが、今は監察医。いつもはあっちで働いているが帰ってきてるトコ」
相手は生きてる人間じゃなくてホトケだな、と眉をあげれば諸伏の顔が僅かに引きつった。

「仕事、あっちでやってんじゃないの?」
「あれはほぼ趣味」
勝手に二杯目のコーヒーを遠慮なく注いでいる萩がこてんと首を傾げる。追加の氷を冷蔵庫から出して適当な皿に入れて渡すと、嬉しそうに受け取った。どぼどぼとコーヒーに沈む氷の音が響く。

変に静かな空気でも、互いが親友だからか、気遣いなんて1ミリも感じられない。その空気が酷く懐かしく感じた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -