「よぉ豪、来てやったぜ。良い酒は用意してあるんだろうなぁ」
「ケッ、てめぇに出す酒はねぇーよ」

悪友とその弟を招き、豪の屋敷にいつもの面子が揃う。最早行事化した出来事に、兄達はお互い軽口を叩いた。
黒黎は自分も嫌味の一つでも言ってやろうと標的を探し辺りを見渡したが、いつもなら豪に引っ付いているはずの小さな鴉の姿が、無い。自然と眉間に皺が寄った。
それに気付いた豪が言いにくそうに口を開く。

「クゥの奴なら海岸にいるんだが…今はそっとしといてやってくれ」
「は?」
「アイツ、自分のミスで雪野…仲間に怪我させちまったみたいでさ、最近元気ねぇんだよ」

元気がない?アイツが?
黒黎はますます不機嫌そうな顔をする。

「何それ。ただの自業自得じゃん」
「まぁそう言ってやるな。クゥだって責任の一つや二つ、感じる時だってある」

馬鹿なりにな、と豪は肩をすくめた。

「…バカバカし」
「おい、お前どこ行くんだ?」
「帰る。からかう相手がいないんじゃつまんないし」

兄の問いに背中越しで答え、黒黎は屋敷を出て行った。声質から察するに、余程機嫌が悪いようだ。

「…ったく、素直じゃねぇなぁ、アイツ。お前に似たのか?」
「馬鹿言え。俺はいつでも超素直だろーが」

どの口が言ってんだよ。豪は笑いながら悪友の肩を叩いた。






***




「ねぇ」

海に向かって砂浜に座り込み、膝を抱えている少女。不釣り合いな大きな黒翼を背負ったその小さな背中に、黒黎は声をかける。
狭い肩がぴくりと反応したものの、振り向く気配はない。

「泣いてんの?」
「…泣いてない」

嘘だ。何度も泣かせてきた自分ならわかる。いや、きっと自分じゃなくてもわかる。鼻をすする音が、波の音に混じって聞こえるから。

「豪から聞いた。自分のミスで仲間に怪我させたんだって?本当間抜けだよね」
「るせっ…」
「クゥも、その仲間もさ」

黒羽はひゅっと息を吸ったが、波の音に掻き消され黒黎には届かない。

「だってそうだろ?フォローするのが仲間の役目なのに、ミスを大きくするようなことしてさ。ほんと…」
「っ、てめぇッ!!」

ぱしっ
乾いた音が、今度は波音に消されず海岸に響く。

「…やっとこっち見た」
「っ、」

放たれた黒羽の拳は、黒黎の顔の前、彼の手のひらに意図も簡単に収まった。
殴ろうとした本人はバツが悪そうに目を反らす。その目は赤く腫れ上がり、そこから伝う涙で頬を濡らしていた。

「……クゥは、さ」

受け止めた拳を解き、黒黎は両手でその濡れた頬を包み込み、目元の水を親指で拭ってやる。反射的にぎゅっと目を瞑る黒羽の姿は、鴉というより猫だ。そんなことを思って、黒黎は小さく笑った。

「そうやって勝てるわけないのに僕に挑んで、負かされて、その度ぎゃーぎゃー煩く騒いで、僕だけに泣かされてればいいんだよ」

瞑っていた目を大きく見開き、驚いた顔をする黒羽の頭を、すかさずぐしゃぐしゃと撫でる。


「…その方が、クゥらしいから」


だから、泣くな。


「こく、れ…」
「落ち込んでるクゥはらしくないよ。どうしても悲しくて辛くて泣きたい時は、そうだな…僕に言ってよ」

今度はぐしゃぐしゃになった髪をとかすように撫でてやる。その手付きは普段の彼からは想像もつかないほど、優しい。

「肩くらいなら、いつでも貸してあげるからさ」

仕上げと言うようにぽんっと軽く頭を叩く頃にはもう、黒羽の涙は止まっていた。

「……こくれい」
「ん?」
「……――――…」
「え?何だって?聞こえなかったからもう一回」
「っ、なんでもないっ!」
「えー、クゥって同じ言葉を繰り返すことも出来ないわけ?本当バカ」
「バカじゃねーッ!!バカって言った方がバカなんだよバカッ!!」

そうだ、やっぱりクゥはこうでなくちゃ。
いつもの言い合いに安心する自分がいたが、黒黎は絶対に言わない。
だから彼女が蚊の鳴くような声で言った感謝の言葉も、聞こえないフリをした。



『………ぁ、りがと…』





---
(あ、クゥの身長じゃ僕の肩まで届かないかwww)
(んだとてめーっ!!)




黒羽/ヤミカラス♀
黒黎くん/ヤミカラス♂(1682)

豪/ドンカラス♂
黒鴉さん/ドンカラス♂(1682)



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