ヒサがまだ記憶を取り戻していない頃の薄暗い話。というか取り戻す瞬間の話
※未来組はセレビィの力により現代と未来の行き来が可能
※記憶喪失ヒサはヨノジュプ推奨
もういつだったか忘れたけど、確か今みたいにお風呂に入ってる時だと思う。この変な痣に気付いたのは。
内股の付け根、それはもう際どいところに付いた、虫刺されくらいの大きさの青痣。こんなところ誰にも見られないだろうから特に気にしなかったけど。
(いつ…付いたんだろ)
確かに任務で怪我をすることはある。でも、こんなところをぶつけた覚えはない。
お湯の中で揺れる痣をそっと撫でる。もしかしたら、私が人間だった時についたものなんだろうか。そう考えた瞬間、突然頭がツキン、と痛んだ。
「ぅっ…!」
思わず両手で濡れた頭を押さえる。
私はこの世界に来るまで人間だった。でも私にはその時の記憶が一切ない。覚えているのは、自分が人間であったこと、"ヒサ"という名前であることだけ。
失った記憶を取り戻そうと人間時代のことを考えることはよくある。でもこんなことは初めてだ。一体なんなんだろう、この痣は。
(……まぁ、いっか)
やめよう。考えれば考えるほど頭が痛くなる。きっとそのうち思い出すはずだ。そう思い直して、私はバシャ、と湯船から上がった。
***
「今晩は」
時刻はみんなが寝静まった夜中。
あの後すっきりしない気持ちのまま布団に入ったものの、結局眠れずにこっそり基地を抜け出した。特に何をするわけでもなく海岸に座り込んで波の音を聞いていた私に、聞き覚えのある声がかかった。
「あ…今晩は、ヨノワールさん」
黒を基調とした服を身に纏い、モノクルをかけたスラッとした男性。ヨノワール。星の停止を食い止めようとした私とリトを未来へ連れ去り、殺そうとした相手。私達が戦った相手。
平和になった今は改心して、未来でジュプトル達と仲良くやってるらしいけど。…なんだろう。妙に落ち着かない。というか、なんでこんな時間に、こんなところにいるんだろう。
「珍しいですね。こんな夜遅くにお一人ですか?」
「はぁ、えと…ちょっと眠れなくて」
「おやおや」
女性の夜更かしはお肌に毒ですよ、とひとの良さそうな笑みを浮かべ、彼は私の隣に腰を下ろした。
「あは、ヨノワールさんはどうしたの?ジュプトル襲ってセレビィに飛ばされたの?」
「ふふ、まぁ、そんなところですかね」
誤魔化すようにそんなことを言う私にも、朗らかに笑う彼にも、何か妙な違和感を感じる。いつも通りの対話のはずなのに。なんだ?何が違う?私には何が足りない?何かが足りない?
彼は、人間時代の私を知ってると言った。…彼なら何かわかるだろうか。この違和感の正体が。
「……やはり、物足りませんねぇ」
「え……―ッ!!」
突然背中に感じた砂の感触と、少しの痛み。反転する視界。覆い被さる身体。拘束された手首。夜の闇に溶け込んだ、間近で見る彼の顔。押し倒しされたんだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
状況を読み込めない私を見下ろすその顔は面白そうに、楽しそうに、それでいて嘲笑うように歪んでいた。今まで彼はこんな風に笑っていただろうか。でも、不思議と先程までの違和感が消えていた。
私は、この顔を、知っている……?
「私に、何か聞きたいことがあるんじゃないですか?」
「ぁ、あのっ…」
「知りたいですか?」
「ひっ…!」
何を、そう聞き返そうとした声は、小さな悲鳴に掻き消された。足の間に入り込んだ手が、ズボン越しに内股をするりと撫でる。反射的に膝を閉じようとしたけど、足の間に身体を入れ込まれてそれも叶わない。
「…ココに、痣がありますよね」
「ッ、なん、で…」
何故、彼がそのことを知っている?
男にしては長くて綺麗な指が内股をなぞり、付け根付近の、先程まで自分が湯船の中で見ていた痣を捉えた。
「っ…!」
「知っていますよ」
当然でしょう?と彼は笑う。喉の奥で、くつくつと。
ゆっくりと耳元に寄せられる唇。頭の中で警報が鳴り響いた。
「私が付けた、"キスマーク"ですから」
ぞわり。全身の毛が逆立った。
「な…」
「ふふ、痕を付けられること、貴方は酷く嫌がっていましたね。それ以来二度と付けさせてもらえませんでした」
「なん、の、話…っ」
「…ねぇヒサさん。やっぱり私としては、大人しい貴方じゃ張り合いがないんですよ」
さっきから彼は何を言っている?
笑いを含んだ唇が首を伝い、生暖かい舌がうなじを這う。過剰に反応した身体と、自然とあがった自分の高い声に吐き気がした。
「いい加減、思い出しませんか?"あの頃"を」
凄くぞくぞくするでしょう。ココを開発したのも私なんですよ?
押さえつけられる手。嫌でも耳に入ってくる楽しそうな声。
きっと私はこの声を知っている。歪んだ視界と、何かが激しく軋む音と、何かがぶつかり合う音と、女の高い声と…
「ゃ…いやっ…やめてっ…!」
頭の中でぼんやりと浮き上がる映像を必死に振り払う。全身が拒否する。
知らない、知らない、知らない!違う!違う!!これは私じゃない!!
「…そして貴方は、こうされるのを最後まで拒んだでしょう?」
嫌がる私の顎を無理矢理掴み、手袋をはめた親指が唇を撫でた。そこを目指して降りてくるのは…
ドクン、
考えるより先に身体が動いた。自由になった右手で、今にもくっつきそうな彼の口を押さえる。
探しものはいずれ見つかるもの。探さなくても自然に出てくるもの。これは誰が言った言葉だったか。
「……離せ」
地を這うような、驚くほど低い声が出た。でも、今度は違和感はない。
見つけたんだ。見つけてしまった。"私"を。
何時間もかけて一つの難題を解いたような達成感。それ以上に襲いかかるのは、大きな後悔。
『なんで、思い出してしまったんだろう』
「それ以上近付いたら、撃ち抜く」
目の前の男の額に、人差し指をつきつけた。脅しなんかじゃない。私の水は弾丸にもなる。それでも離れようとしない男を睨みつけると、その顔は嬉しそうに歪んだ。
そうだ。
私がコイツと仲良く出来るわけがない。朗らかに会話するわけがない。ましてやジュプトルを襲うなんて、笑い話になるわけがなかった。
最初から間違っていた。
私の足に消えない"痣"をつけたのはコイツで、映像の中の女は、全部全部全部、紛れもない、私。
「……そう、その目です」
ジュプトルとセレビィに手を出さないことを条件に始まった、"元仲間"との歪んだ関係。
私は、コイツの性奴隷だった。
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(間違い探しに終われば)
(また、回るの)
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ヒサ/ゼニガメ♀
ヨノワール♂
ローリンガール/♪初音ミク