短編 | ナノ



「最悪…」


この時間のバスはそこそこ混む。

家まではバスでも結構かかるけど、立ったままの日もある。でも、今日だけは座りたかった。

頭が痛くてフラつく。気持ち悪いし、なんだか暑い。


「だ、大丈夫、ですか?」


やっとのことでつり革を掴んで立っている僕を見兼ねてか、目の前の座席に座っている女性が、ここ座って、と席を立った。


「…すみません」

「いえ!めちゃくちゃ顔色、悪いですよ」


心配してくれる彼女に申し訳ないけど、コクン、と頷くことしか出来ない。


「あ、そうだ」


彼女は、担いでいたリュックを探る。


「おっと!危ない」


揺れる車内。手に持っていた定期券か何かをポケットに入れて、バランスを取りながら何かを探してる。


「これ、さっき買ったお水なんだけど、まだ開けてないから」

「…ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


お大事にね、と彼女はリュックを担ぎ直した。

貰ったペットボトルの水は、ひんやり冷たくて、火照った身体に染み渡る。頭痛は止まないけど、少しラクになった気がする。

しばらくして、彼女は何も言わずにバスを降りていった。

お礼、ちゃんと言いたかったのに。



−−−−−−−−−−



「女の子に、お礼ってどうしたらいいと思う」

「…なんの話?」


次の日の大学。山口を捕まえて昼ご飯。

僕がなかなか言い出せずにいれば、山口の方から、なんか話したいことあるんだよね?と僕を見透かしたように言う。


「昨日、バスで女の子に席譲って貰ったんだケド」

「席譲ってもらっただけなのにお礼するなんて、ツッキー優しいね!」

「…買ったばかりっぽい水とか貰ったし」

「うんうん、なるほど」

「毎週月曜日、同じ時間にバス乗ってる子で」

「つまり、ツッキーはその子に話しかけたいわけだ」

「ハア!?」

「ほら、図星でしょ?」


悔しいけど、図星だ。

毎週月曜日。彼女は、僕と同じ時間にバスに乗ってる。

僕より先に乗ってるから、たぶん始発の駅から乗ってるんだろう。昼の同じ時間だから、同じ大学生っぽい気がする。


「うーん、日常で使えるのがいいんじゃないかな」

「例えば?」

「学生なら、ペンとか、ノートとか?あと、バス乗るならパスケースとか」

「…あ」


そういえば、朦朧とした意識の中でも、ハッキリとしてる記憶。彼女は、定期券のようなカードをそのまま手に握っていた。


「パスケースいいかも」

「今使ってるの汚れてたりしてた?」

「いや、定期券をカバーなしでそのまま持ってた」

「えっ、女の子で珍しいね!?」


確かに珍しい。

女子ってそういうケースとか好きだと思ってた。そんなことないのかな。

とりあえず見て決めるか、と雑貨屋に入れば、今まで見たことなかったけど、女の子が好きそうな雑貨の中に、パスケースも並んでる。やっぱり需要あるんだ。


「で、ツッキー結局、何買ったの?」

「…パスケース」

「喜んでもらえたら良いね」

「僕の好みで選んじゃったし、どうかな」

「大丈夫だよ!ツッキーセンスいいもん!」

「うるさい山口」


いつ会えてもいいように、カバンに入れてるなんて知られたらまた山口の顔が緩みそうだから言ってやらないけど。


「あ、連絡先とか入れたほうがいいんじゃない?」

「は?なんで」

「だって、ツッキーはその女の子と仲良くなりたいんでしょ?」

「いや、仲良くなりたいっていうか」

「気になる子、なら尚更だよ」

「…考えとく」


気になる子。

うん、認めよう。僕は、あの子がいつも同じバスに乗ってることを知ってるくらい気になってる。


「月曜日、渡せるといいね」

「…うん」


そして月曜日。

午前の授業を終わらせて、いつもの時間にいつものバス。

車内を見渡せば、窓の外を眺める彼女を見つけた。2人掛けの席。隣は空いてる。僕の心臓はバクバクと動き出した。

すうっとひと息。大きく吸い込んで、僕は勇気を出して彼女の隣に座る。



気になる子



(201102)

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