短編 | ナノ



俺は怒ってる。

ひっさしぶりのオフ。急遽決まった休みやし、彼女は会社員やから突然休めないのはしゃーない。夜だけでも会いたいなあ、思うてダメ元で朝、電話したら、


「ほな部屋で温かいご飯作って待っとってくれたら嬉しいなあ」


なんて言うもんやから、可愛い彼女やなあ、と惚気たい気持ちを抑えきれん。

今にもスキップしそうなくらい、嬉々として買い物行って、何作ったら喜ぶやろーと考えながら呑気に買い物。そんで合鍵で彼女の部屋入って、深呼吸。

やっぱ好きやわこの匂い、なんて思いながら、脱ぎ散らかってる服やらを洗濯して干して、部屋中、掃除機までかけた。優しい彼氏やでほんま。

夕方、そろそろ仕事終わる時間やし、夕飯でも作るかあ、と怪我だけはせんように簡単なもんを作りはじめて、すぐ、スマホが鳴った。


「もしもし?もう着く?」

「"侑!ほんまゴメン!もうなんか作ってるやんな?"」

「おん、もう食べれるで」

「"怒らんと聞いて!"」


それは内容によるやろ。嫌な予感しかせーへんけど。


「"飲み会誘われてん!1杯飲んで帰るから待っとって!"」

「はあ!?ほんまに言うとる!?」

「"1杯だけ!"」

「多忙な彼氏の俺が来とんのに!?」

「"多忙な彼女も久しぶりの酒やねん!キンキンに冷えた生ビールが待ってんねん!"」

「俺もずっと待っとんねんで!?嘘やんな!?すぐ帰ってくるやろ?」

「"おん!すぐ帰る!なんか作っといて!帰ったら頂くわ!"」


勢いに圧倒された。帰ったら頂く、て。飲みに行くんやん、俺を差し置いて。彼女にはガツンと言えん。俺はいつもこうや。

電話越しには会社の同僚たちなのか、賑やかな声が聞こえとった。ブチッと切られたスマホを思わず壁に向かって投げつけたい気分やけど辞めた。アホらし。


「はあ、なんやねん」


焼いとった鮭がちょっと焦げた。

帰宅時間に合わせて炊いた白米もほんまは遠征先で買うた高級品やったんやけど。炊きたて食べさせたかったんに。これは怒ってもええやろ。可哀想、俺。


「アイツ、絶対、1杯だけとか無理やん」


さっきまでのご機嫌なテンションが一瞬でどっか行ってもうた。最悪や。

埋もれるようにソファに沈み込んで、テレビをつける。なんや、つまらん。彼女がおったら少しはおもろかったと思うけどな。

全然、進まん時計をテレビと交互にチラチラ見て、ハア、とため息も止まらん。

まだ帰って来ないんやろか。腹減ったし、風呂も入りたい。明日は昼から集合やから一緒に居れる時間も限られとんのに。

今日会えんかったらまたしばらく会えんねんで?俺のこと大切やないん?ああ、あかん、泣けてきた。


「たっだいまー!帰ったで!」

「おっそいねん!!」

「侑ー!おいで!」


ご機嫌で帰ってきた彼女に思わず声を荒げてもうた。それでも手を広げて、おかえりのハグを待つ彼女の笑顔には逆らえんくて。


「なんっやねん、ほんま自分」


吸い込まれるようにハグしてしまうんもどうかしとる。


「侑、怒ってるん?」

「怒っとる」

「ほんま?」

「腹減ってんねん!焼いとった鮭は焦げるし、遠征先で買うた高級品な白米、炊きたてで食べさせたかったんに結構経ってもうた!」


自分みたいな悪い子にはこうや!と、ギューギューに抱きしめれば、子供みたいにケラケラと笑って、苦しいでー!と抱きしめ返してくる。


「そんな怒っとる侑くんに、お土産買うてきた!」

「お土産?」

「クラフトビール!飲むやろ?」


休みの今日くらいええやんな?と、とびきりの笑顔でビールを差し出す。


「今日だけやからな!今度、こんなことしたら許さんから!」

「はあーい」


あかんな、俺は振り回されとる。でもそんなんが心地良いって分かってんねん。


「侑!もしかして、洗濯してくれたん…!」

「おん、掃除機もかけたで」

「ヤダッ!好き!」

「そらどうも」

「わあ、このご飯キラキラやね!」

「鮭はほぐして差し上げましょうかあ?」

「うん!侑がほぐした鮭が一番美味しいねんで!知っとった!?」

「おん、知っとる」


褒め上手な彼女に満更でもない俺。こうやって甘やかしてしまうんが俺の悪いところ。

せやから今日は、一緒に風呂入りたいってワガママ言ったんねん。



苦くて甘い泡



(200216)

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