夏服になった制服。
一際短くなったスカート。
袖をまくる白いシャツを夕焼けが赤く染める。
先程まで雨を降らせていた雨雲が厚く空を覆っていて辺りは薄暗い。夕焼けだけが赤く雨雲を色付けている。
足元には大きい水溜まり。避けて歩く僕とは違って、彼女は水に濡れることなんて気にせずに、バシャバシャと水溜まりを踏んで歩く。
「なーんか、日が長くなったね」
「夏だからね」
「綺麗だね、夕焼け」
そうだね、と僕が返事をする前に、次の水溜りへと飛んで、どんどん僕の先を行く。
「ねえ!月島!」
彼女は突然立ち止まって、早く来て、と飛び跳ねながら僕を呼んでいる。
僕は、ハァと溢れ出すため息を彼女にバレないように吐き出して、少しだけ駆け足で彼女のもとに向かう。
「そんなに覗き込んだら危ないよ」
呆れる僕を他所に、小さい橋から川を覗き込んでいる彼女。落ちてしまうのではないか、と言うくらい前のめりになっているから、肩にかけているバッグを引っ張って、僕も控えめに小さい川面を覗き込む。
「何もないじゃん」
水面は、雨の影響で黒く濁って、お世辞にも綺麗な水とは言えない状態。
「違う違う!あっち」
「どこ」
「あっちの木のほう!」
彼女が指差す方に視線をやると、緑が生い茂っている川のほとりが風に揺れている。その場所にチラホラと微かに、黄緑色の何かが動いている。
「え、なにあれ」
「月島、知らないの?ホタルだよホタル」
「こんなところにいるの?」
「おばあちゃんが、昔はこの辺いっぱいいたって言ってたよ」
辺りがどんどん暗くなっていく。空が雨雲の黒と夕焼けの赤が混ざり合った不思議な景色になって、視線の先には、無数のホタルが乱舞している。
「綺麗だね」
「月島って虫とか好きなの」
「嫌いじゃないけど」
「私は、月島の名前が、蛍じゃなかったら好きじゃなかったなあ」
「なにそれ」
「そもそも虫が苦手」
「僕は人間だけどね」
「存じ上げてます」
ホタルの放つ光は、時間が経つほどに見えるようになったのか、どんどんと増えて、消えては光るを繰り返す。
「ホタルの幼虫って毒があるんだって」
怖いね、なんて、暗くなって見えにくくなった表情も、無邪気に笑う声で想像出来る。
「私も月島の毒にやられた」
「僕の毒ってなに」
「たまに見せる可愛い笑顔とか?」
「随分、甘い毒ですこと」
「ははは!たしかに、そうだね!」
ポツリポツリ、腕や顔に雨粒が当たる。
「あ!雨降ってきた!」
「走るよ!」
君が道草ばかり食って早く帰らないからだよ、と文句を言ってやりたい。
僕たちは今日、2人とも傘を持っていない。晴れ間を狙って帰路を歩いていたのだ。弱かった雨もどんどんと水量を増して、駆け込んだ屋根のある小屋で雨宿り。
「びしょ濡れー!」
「本当、最悪」
眼鏡についた水滴を取りながら、彼女を睨めば、悪びれた様子もなく、めちゃくちゃ濡れた!なんて、僕が貸したタオルで髪についた水分を拭く。
「チョット」
「なんすか」
「下着透けてるよ」
「ヤダ!見ないでよ!」
「見たくなくても見える」
「嘘だよ見せてんの!」
「はあ?」
濡れた白いシャツから、うっすらと覗く下着は嫌でも視界に入る。僕が彼氏だから良いものの、そんなの他の男が見たらどう思うか。
「君の毒はそれだね」
「え、なに?私のお気に入りの下着が、目に毒って言いたいの?」
「まあ、そんな感じかな」
「そんな意地悪なことばっかり言って!」
クスクスと笑えば、ムキになって僕の肩をドンドンと叩く。
違う、違う。君の毒はそんな生易しいものじゃない。
「無自覚なところ」
「え?なにが?」
「なんでもない」
無自覚に、甘い誘惑で、僕を誘ってしまうところだ。
カロケリ
一気に降り注いだ雨は、真っ赤な夕焼けだけを取り残して通りすぎて行った。
彼女は、ポタリポタリ、髪から水を滴らせながら、また水溜まりを踏んで歩いて、僕は避けながら歩く。
目の前の川辺には、黄緑色の光を纏って、美しく乱舞するホタル。
ああ、この夏も、君は僕だけのものでありますように。
(190901) カロケリ/夏(ギリシャ語) 7番:夕焼け・蛍・水 リクエストありがとうございました!
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