春水は率直に尋ねた。
 普段ならば、こういう場所ではのらりくらりとしたはっきりとしない物言いの方が良いのだろうが、今の春水にそんな余裕など欠片もなかった。
 その代り、嘘を吐けば容赦はしないと霊圧を高め、剣呑な雰囲気を隠そうともしない。
 力づくで吐かせようという意識がはっきりと読み取れる。

「……婚約者…と、言いますと、副隊長の」
「そうなんだ。彼女がいなくなってねぇ?十二番隊でも調査してもらってるところ」
 死神の副隊長が行方不明になり、隊を上げて捜索しているのだと暗に匂わせる。
「もうじきボクも結婚するからさ、きっと個人的な恨みかなぁって思うんだけれど、心当たりはないかなぁ?」
 番台の机にある筆などを指先でいじりながら、のんびりとした口調で尋ねる。
 今ではすっかり花街から足が遠のいている彼には、預かり知らないことがあるだろうと尋ねているのだ。

「……噂と言いますか……単なる嫉妬のレベルだと思っていたんですがねぇ……」
 大きな溜息を吐きだし、女将は腕を組み春水を見上げた。
「嫉妬レベルって?」
「娘たちの話によると、京楽隊長は優しすぎる抱き方でしたからねぇ?」
「……それはボクの性分だからねぇ、そこを言われても……」
「長いこと、勘違いしていた娘がおりましてね」
「はぁ?ちょっと待って、一体何年前の話だい?それこそ、百年、二百年以上前のことだよ?」
 春水が花街に足を踏み入れなくなってからの年月を考えても、女将としてもありえないと思っていたのだろう。
「ええ、だから、嫉妬レベルだって言いましたでしょ?こんな騒ぎを起こす程のことじゃないって」
「え?ちょっと待ってよ、今更?今頃?」
 驚く春水の気持ちは痛いほどに解る。女将とてそう思うのだ。
 春水を純粋に想うならそれこそ、霊圧を高める努力をして死神を目指すなり、死神が駄目だと思うなら働いて金を返済し、花街の外へでて商売を始めるなり何らかの手段があるのだ。現世の昔の花街の制度とは違い、瀞霊廷の花街は悠久の時間がある分何らかの行動を起こすことが可能になってくる。死神の素質があるならば、死神になることは可能なのだ。
 ただ待ちわびるだけの相手を、春水は覚えてなどいないのだから。

「……いや…待てよ、そんな娘が誘拐なんて出来る筈が無い。その娘を懇意にしていた客は誰か解るかい?」
 女将の示した答えに眉間に皺を刻み考えながら、ふとあることに思い当たった。
「……客がそそのかしたと?」
「あり得るね。以前に似たようなことをされたことがある」
 以前従妹が親族にそそのかされたことを思い出した。彼女は改心しているが、他に良からぬことを考えない者がいないとは限らない。
 春水は上流貴族に属する家柄だ。花街の娘をたぶらかすような者がいても不思議はない。そして、通い詰めるだけの財力もある。
「ちょいとお時間いただけますか?うちの娘じゃないんで」
「ん。ここで待たせて貰っていいかな?」
「はい」
 女将は苦笑いを浮かべて頷き、そそくさと出て行った。
 思い当たる店に単刀直入に尋ねるためにだ。
 春水も待つ体勢になっているのは、女将がこの花街の店の中で一番の実力者であることを知っているからでもある。彼女が情報を得られなければ、それこそ自分の出番だ。


 腕を袖の中で組みじっと座って待っていると、花街には凡そ相応しくない人物が現れた。
「浮竹」
「八番隊から情報を持って来たぞ」
「何でお前が来るんだ。山じいは?」
 苦笑いを浮かべ十四郎から差し出された書面を受け取る。
「後で盛大に怒られろよ。渋々ながらご了承下さった」
「ま、卍解なんかしなくて済むならそれに越したことはないけれどねぇ…どうも…」
 書面を広げ内容を確認する。
「……やっぱりか……」
「やっぱりとは、心当たりがあったのか?」
「いや、今までの経緯と、ここの女将の話を聞いての推測だよ」
「それで、伊勢君は大丈夫なのか?」
「さあ……」
 七緒が無事でなければ、本人たちも命が危ないと解っていて騒ぎを起こしたのかまでは不明だ。
「そこまでおバカさんじゃなければねぇ……」
 のんびりとした口調がかえって恐ろしい、十四郎に着いてきていたルキアは思わず身震いをしてしまう。



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