春水は竹刀を近寄ってきた七緒に渡すと、倒れている一秋の両脇の下に手を差し入れ軽々と抱き上げた。
「ちょ、恥ずかし…」
「ん?倒された一秋君が悪いなぁ…。ん〜ちょっと重くなったねぇ?」
「うー…」
 まるっきり子供扱いされてしまい、一秋は恥ずかしさから真っ赤になってしまい唸ることしかできない。反論することなどできない雰囲気なのだ。

「あら、やだわ」
 七緒が眉を寄せて二人を見上げる。
「ん?どうかした?七緒ちゃん」
「そんな姿が見られるなら、カメラを持ってくるんでした」
 学院の制服を着た息子を抱き上げている春水など、見たことがないのだ。まさか、こんな姿が見られるとは思っていなかっただけに、七緒は心底悔しそうだ。
「…ってことだから、今度うちに帰ってくるときはそれ着ておいで?」
「えー!やだ!絶対やだ!!」
 さすがに一秋は抵抗し始めた。暴れて父親の腕から逃れようとするが意外にもしっかりと抱きしめられていて抜け出せない。
「そんなに力一杯抵抗しなくったっていいじゃないの」
 春水としては息子の反抗より、妻の願いを叶えたい。
「いーかげん、は、な、せ、よ」
 腕を突っ張り離れようとするが春水の腕は外れない。
「………一秋君、つれないねぇ…どうも…」
 眉を下げ情けない表情を作るものの、腕の力は変わらない。表情を変えず力のかかり具合が変わらないのだから恐れ入る。
「いつもは、俺じゃなくって、三夏や夏四だろ、このぉ」
 歯を食いしばり力を込めるが一向に緩む気配がない。
「ん〜?七緒ちゃんが喜んでくれるからさぁ…いいじゃない?たまには」
「良くないっ!俺は授業中だっつーの!」
「おや、一秋君は真面目だねぇ?」
「親父は女の尻追っかけまわしてたんだろ。俺、知ってるからな」
「あれ?誰だい、そんなことばらしたの」
「…否定なさらないのですね?」
 父と息子の会話に誰も口をはさめず途方に暮れて見守っていたのだが、七緒が冷ややかな声を出して静かに問い掛けた。
「あれ?七緒ちゃん?」
「息子に恥をかかすような行動は、慎んでいただきましょうか」
 眼鏡を持ち上げ冷ややかな声だけでなく、冷たい目つきで睨みあげる。
「…男の子でも恥ずかしい想いをしますのに、女の子は尚更でしょうねぇ?」
「あああ、な、七緒ちゃん、そ、それは…」
 一秋はもっと言ってくれと大きく何度も頷きを繰り返す。
「一秋く〜ん、お父さん怒られちゃったよぉ」
 頬を擦り寄せて嘆くふりをすると、とうとう悲鳴を上げた。
「ぎゃー!いててて!ヒゲがいてー!!すりよせんなー!」
 一秋の肌はまだ子供のものなので柔らかくきめ細やかだ。ゆえに髭を擦り寄せられ頬が赤くなってしまった。
「ひりひりする…」
 頬を撫で恨めしげな視線を向けるが、それでも春水は離そうとしない。
「……ふふ」
「何だよ…」
「ん?こうしてたまに子供の成長を確認するってのも、中々嬉しいものだね」
「……き、急に何を…」
「死神はね、死と隣合わせだ」
「……」
「だから、こうして成長が確かめられるというのは、時には酷く嬉しいものなんだよ」
「親父…」
 穏やかな声に思わず一秋の抵抗が弱まった。
「そうだ、一秋君、案内してよ」
「へ?案内って…親父はここの卒業生なんだから知ってるだろ」
「そうだけどさぁ?新しく出来てる建物だってあるし」
 父と息子の会話に、一同口を挟めず見守るばかりだ。
「何で俺に…」
「ん?たまには父親ってアピールしたいじゃない?一秋君ってば頼ろうとしないんだから」
「だって、皆だって誰も頼ってねえし。俺だけ頼る訳にはいかないじゃん」
 唇を尖らせ、さも当然といった口調で返す。
「まだ小さいのに」
「小さくたって死神はいるし」
「まあ、そうだけれども…」
 父親としてはもう少し甘えて欲しいと思うのだが、一秋は正論で返してくるだけに苦笑いが浮かぶ。
「…じゃあ、先生にご案内いただいて、成績表でも見せていただきましょうか」
 七緒がにっこりと笑い恐ろしいことを言い出し、一秋は蒼白になった。



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