「ん?」
 もう一度唇を重ねようと顔を近づけたのだが今度ばかりは遮られてしまった。
「ん〜…もうダメなのかい?」
「…いけません」
 扇を軽く広げて春水の顔を遮っていた。
「いいじゃないの」
「…ここは、外ですよ」
「外じゃなかったらいいの?」
 ああ言えばこう言うとはまさにこのことだ。
「良い訳ありません…。まだ昼間で…それに、仕事がたっぷり残っているんですからね」
 春水に力なく凭れ目尻を赤く染め、時折吐息を吐きながらもしっかりと仕事の事を伝える。
 そもそも、春水を探しにきたのはその仕事が片付かないからである。
 うっかり甘い顔をしてしまったのだが、気を引き締めなくてはならないと体を起こそうとすると、春水に抱きしめられてしまった。
「ちょ…隊長、私の話を聞いてましたか?」
 思わず声がとげとげしくなる。
「ん?何?」
 笑みを浮かべて見下ろす様子からはとても七緒の話を聞いていたとは思えない。聞かなかった振りをするつもりだろうかと、眉間に皺がより眼差しがきつくなる。

「ご免よ、あんまりにも七緒ちゃんが可愛くって、聞こえなかった」
 へらりと笑って怒らせるような事をあっさりと言ってのける。
「…全くもう…」
 何度目かになる溜息と呟きを漏らして、七緒は春水の胸に頭を押し付けた。
 甘えるような仕草に春水は目を細め抱きしめている腕に力を込めようとした。

「なんて、言って済む訳がないでしょう!!」
 七緒は勢いよく顔をあげて春水を突き放す。
「わわっ」
 何の心構えもしていなかった為春水はあっさりと椅子の下へと転げ落ちてしまった。
「痛い…」
 勢いで外れた笠を見つけ、埃を払いながら立ちあがる。

「七緒ちゃん、ひどいよ?」
「酷くありません。仕事をさぼっている方が悪いんです」
「…参ったねぇ…どうも…」
 正論にはどうあがいても太刀打ちできない。ただただぼやくのみである。髪を掻きあげ笠を被り直す。
「さあ、さっさと戻りますよ」
 眼鏡を持ち上げて冷たい表情を見せたのだが…。

「……早く終わらせないと、私の体は空きませんからね」
「そりゃ大変だ。早く戻らなくっちゃ」
 頬をほんのりと染めて告げた言葉に、春水の瞳が変わる。

 八番隊へと急ぎ戻っていく。


(まあ、夢に免じて…たまにはいいかしらね)

「七緒ちゃん、早く早く、いそがなくっちゃ」
 春水が振り返り七緒を促す。現金すぎる春水に呆れた表情を向ける。
「ね、七緒ちゃん、今夜本当に大丈夫?」
「…言い出したのは私ですし…」
 春水の念押しに七緒は頬を染めて顔を逸らす。
「よーし、頑張っちゃうぞ!」

「男って、単純」
「そうだよ。単純なんだよ。だから七緒ちゃん、もっと甘やかしてくれなくっちゃ」
「それはいけません。仕事になりませんから」
「ちぇ」
 そんな会話をしながらも八番隊へと道を急ぐのでした。






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