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(もう!何でこの人、こんなに口元色っぽいの!!)
厚い唇に、濃い不精髭は色っぽいし、現世の言葉で言えばセクシーだ。おまけに今は七緒との口付けで少しばかり濡れて、腫れている。
「ねえ、七緒ちゃん?」
七緒に強引にかぶされた笠をそのままに口元に笑みを張りつけたまま問いかける。
「な、何ですかっ!?」
唇ばかり見詰めていた時に、突然話掛けられて慌ててしまい声がひっくり返ってしまう。
唇が自分の名前を語る瞬間をじっくりと見つめていたために、驚きは倍増だ。
「へへ、七緒ちゃんからのキス、とっても嬉しかったよ」
穏やかな声に七緒の頬は益々赤らむ。
いったい何故自ら行動してしまったのか。いつもの自分なからば平手打ちをするなり、本で殴るなりしてさっさとこの場を立ち去っているか、春水を起こして引きずってでも執務室へと向かっている頃だ。
返事をせずにいると、春水の手がゆっくり動き笠を持ち上げて七緒を覗きこんだ。
「可愛い、七緒ちゃん」
頬を染めて唇を噛みしめて上目遣いに睨んでいる七緒は、春水の目にはとてつもなく愛らしく見える。意地っ張りで不器用で。それはどれも真面目という性格からきていることだ。
こういう七緒が春水には愛らしくて堪らない。
世慣れているからこそ、長く生きてきて様々な面をみてきたからこそ、七緒の純粋さを護りたいと思わせる。
「ね、七緒ちゃん、もう一回キスしてもいい?」
「………黙ってできないんですか?」
首を傾けながら尋ねると、七緒は拗ねたように睨みつけている。
「ん?黙ってしてもいいけれど…七緒ちゃんをびっくりさせたくないからね」
春水は拗ねた七緒を見ていたい気分にもなっていたが、頭をそっと引き寄せて耳元に唇を寄せ囁きながら説明をした。
「……そんなこと…」
春水の声に体を小さく震わせて七緒が反論しようとしたが、今度ばかりは春水は黙って行動へと移した。
顎を摘み持ち上げて唇を重ねたのだ。
「んん…」
春水からの口付けにたちまち七緒は蕩けてしまう。
先ほどの自分の口付けなど子供のようだとも感じてしまう程に。
「ふふ、七緒ちゃん…可愛いねぇ…」
自分の体へ体重を預けるようにして縋りつく様子に、思わず笑みこぼれてしまう。
今日は藤が綺麗に咲き誇り、美味い酒を飲んで良い気分になっていて。
穏やかな気候に眠気を誘われてしまい寝てしまったのだが、七緒の夢を見て更に良い気分になっていたところを、七緒が珍しく起こすでもなく見守っていてくれた。
その上、目を覚ましてみれば七緒は思いのほか素直で、何時になく甘やかしてくれて。
「ねぇ七緒ちゃん…」
「ん…」
春水はいつの間にか七緒を自分の膝の上へと乗せて口付けを繰り返していた。七緒はすっかり夢見心地だ。
「ちゅ…可愛いねぇ」
抵抗も攻撃もしない、されない状況の心地よさに春水が更に先に進もうかと思っていた時だった。
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