「……現世のセンスが解りません」
「うう〜ん…さすがのボクもこれは…参ったねぇ…どうも」
 外国人向けと称された浴衣は、日本の名物とも言える富士山や神社仏閣ならまだマシなほうで、浮世絵などまで描かれている。中々に毒々しい色合いが多く、二人の選ぶ手も思わず止まってしまうほどだ。
「……あ、これ…」
 七緒が取り出した浴衣には背中一面に桜吹雪が舞っているものだった。毒々しい色合いのものに比べれば遥かにマシと言えるし、桜色や桃色ならば普段春水が身につけているものと変わりないから二人にとって違和感がない。
「これなら」
「ああ、そうだねぇ…」
 
 そうして春水も浴衣や帯、下駄を手に入れて宿に戻ることになった。

 宿での夕食を終えると、二人は浴衣に着替えて夕涼みに出ることにした。
 団扇を片手に河川敷を歩くと川から涼しい風が運ばれてくる。
「ん〜…こういう散歩も久しぶりにいいもんだねぇ…どうも」
「はい。ゆっくりできて仕事を忘れられますね」
「…全くだよ」
 
 大柄な春水が派手な桜吹雪の浴衣に、女物の簪を挿しているので目立つことこの上ない。ちらちらとみられているのだが、七緒は気にしていないようだ。

「七緒ちゃん…」
 肩を抱き寄せて顔を近づける。
「……人前ですよ」
「ん?いいんじゃない?あちこちでキスしてるよ?」
「それでも、私は嫌です」
「…そういいなさんな」
 腰を引き寄せ顎を持ち上げると、春水はいとも簡単に七緒の唇を奪ってしまった。
「んん…」
 抵抗しようにも口付けは甘く蕩けるようで、力が抜けて行く。
「……柔らかで美味しいねぇ…」
 舌で唇をなぞり、悪戯っぽい口調で囁く。
「……隊長に、その色は似合いませんね…」
「あれ、口紅うつっちゃったかい?」
「当たり前でしょう」
 七緒は懐から手巾を取り出すと、春水へと差し出した。
「…七緒ちゃんが取ってくれればいいのに」
「嫌ですよ」
「ん〜」
 手巾で唇を拭い七緒へと確認する。
「取れた?」
「ええ。良かったですね。ものによっては落ちにくいものもあるんですよ」
「ふふ、それはそれでいいじゃない?キスしましたーって宣伝して歩くのもボクはいいけれどねぇ」
「……誰が並んで歩くものですか!恥ずかしいっ!」
 春水の言い分に、七緒は顔を真っ赤に染め睨み上げると早足で宿へと向かう。
「そんなに照れなくたっていいじゃないの」
「照れてません!」
 春水を振り切ろうとするが逆に引き寄せられてしまった。顔を覗き込む表情は真剣そのものだ。
「……何だかんだ言って、口紅をつけてその浴衣を着た時点で、ボクに何かされるのは解りきってるだろう?七緒ちゃん」
「……う…」
「……そんなに警戒されると悲しくなっちゃうなぁ…」
「……」
 彼の言い分が正論なだけに七緒は言葉に詰まり黙り込み俯くしかない。そもそもこういう駆け引きは苦手なのだから。
「……ボクの可愛い七緒ちゃん」
 いつもの軽い調子ではなく甘く低い声は本気である証拠だ。この声に七緒は逆らう事ができない。
「宿へ帰ろうか?」
「……はい」
 春水の促しに七緒は瞳を潤ませて小さく頷いた。




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