「……例えば、こんな?」
 春水が手にした簪には鈴がついていた。だが、小さな女の子になら似合いそうな柄と作りである。
「それは、ちょっと…」
「だよねぇ…これはないね」
 だが、七緒は不意にその子供っぽいその簪を手に取った。
「……これにしましょう」
「えー」
 春水は抗議の声を上げたものの、七緒の楽しそうな様子に苦笑いを浮かべ抵抗はしなかった。


「……そういえば、隊長」
「……」
 店を出て二人で河川敷を歩いている時に七緒が呼びかけた。だが、当然のことながら隊長と呼ばれても春水は返事をしない。
「……京楽隊長っ」
 七緒が腕を取り引きとめるようにして呼ぶと、ようやく立ち止り渋々と言った表情で見下ろした。
「……ちょっと気になったことを思い出しました」
 生真面目な口調で春水を見上げる。
「…なんだい?」
「……昔、私に初めて軟膏を塗って下さったあれ、あれって京楽隊長のでしょう?」
「そうだけど?」
 何を当たり前の事を言っているのだろうと首を傾げる。
「……今は現世の影響もあって男性も化粧をしたり、肌の手入れもしている人もいますけれど、隊長は何であんな昔から?」
「……なんでそっちに興味もって思い出すかなぁ…参ったねぇ…どうも」
 春水は苦笑いを浮かべるしかできない。自分が唇の手入れをしている理由など一つしかないというのに。
「え?何でですか?」
 だが、無意識なのだろう。七緒は春水のベストの裾をちょっとだけ摘まんでいて離そうとしない。今現在は七緒の為の手入れなのだから理由を話しても良いだろうと、小さく息を吐き出し微笑を浮かべた。

「あのさ、キスするときに相手を気持ちよくさせてあげたいじゃない?ボクの唇が荒れてたらそんな気になれないでしょう?」
「……あ」
「まあ、キスだけじゃないけれどさ」
 春水が人差し指を自分の唇にあてながら語った理由に、七緒の頬が見る間に赤くなっていく。
「……そ、そいういう…」
「そう。女の子は肌が敏感だからねぇ」
 これは大っぴらに言える理由ではないので、春水は上体を屈めて七緒の耳元で囁いた。
「うう…」
「まあ、今はボクの可愛い七緒ちゃんの唇や柔肌を守る為にだけれどね」
「あ…」
 声を一段低くして少しばかり笑いを含んだ口調で言われ、七緒はつい喘いでしまった。こういう意地悪な口調の時の春水の声音はやたらと色っぽいのだ。
 
「さあ、浴衣を買いにいこうか」
 不意に春水が離れ手を取って歩き出す。
「あ、ちょ…」
「折角だから、この口紅つけた七緒ちゃんがみたいしね」
 包みを掲げてにっこりと笑う。本心から思っていることが伝わるので、七緒は反論しようがなくなってしまい、流されるままに浴衣を買うことになってしまったのだった。

 直ぐに着ることもあって、二人は既製品を選ぶことにした。
「……そういえば、隊長…春水さんの背丈にあう浴衣ってあります?」
 現世の既製服では春水の背丈に合わないものが多いのだ。とはいえ、現在は大柄な男性用の専門の店もあるので深刻な問題ではないが、浴衣となると話は別だ。まだまだ一般的なサイズしか用意されていないことが多い。

「んー……わ、あるよ、すごい」
「え?本当ですか?」
「外国人観光客向けに」
 壁に貼ってあるポップを読み指さす。
「あ。成程。外国人は背が高いですものね」
 瀞霊廷には更に高い者、大きな者も多いが、それはまた魂や別の存在故ともいえる。

 七緒は春水に浴衣や帯、下駄までも選んで貰った。
 さて、春水のものを選ぼうと先程のポップのあった場所へ来ると、二人は思わず押し黙ってしまった。


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