深い深い海の底。纏わり付く水は突き刺さるように冷たいが、クジラのこの身体にはひどく心地好い。

クジラの隣を泳ぐ一匹のシャチは、その巨大なクジラを監視するかのように片時も目を離さず優雅に泳ぐ。

こんな日々がいったいどのくらい過ぎただろうか。あれほど人間に戻る事に執着していたのに、今ではもう自分の名前すら思い出せない。


俺の名前は、何だったか…


そんな考えもこの深い水の底では何の意味もなく、ただ、暇な時間の合間を埋める程度の役割しか果たさない。

しかし、酸素を得るために海面に上がると懐かしい声がそのクジラの名を呼んだ。


「伊佐奈っ!」


忘れ掛けていた…いや、もうすっかり忘却の彼方に消え失せていた自分の名を呼ばれ、クジラ…こと伊佐奈の動きが止まる。

嗚呼、この声は…


「終、か…?」


巨大なクジラが言葉を発したのを聞き、船に乗った男性…水剣 終はニッと口角を上げ人懐っこい笑みを浮かべた。









迎えに来たぞ
(……呼んでねぇ)(はははっ、まあとりあえず人型に戻れよ。そっちのシャチもな)





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