鮮やかな濃い橙色と底の知れぬ黒色が今正に混ざり合おうとしている空の下、拓けた場所よりも幾分か暗い林の中を得体の知れぬ2つの影が凄まじい速さで走り抜けた。 先を行く影は何かを切って繋げたかのように体中継ぎ接ぎだらけであり、とてもではないが人間にも…獣にも見えない。 そして、その影を追っているもう一方は漆黒の長髪を風に靡かせた女性。 林の中を走り回るには些か不向きに思える少しヒールの高いサンダルはしっかりと土を踏み締め、深紅の瞳にはしっかりと眼前を逃げる不気味な生き物…悪魔を捉えている。 出来れば、日が暮れる前に終わらせたい。今回相手にしている屍系の悪魔というのは辺りが暗くなればなるほど動きが活性化される。 一言で言えば、質が悪い。 「大人しく捕まってくれないかなぁ…」 ついついそんなぼやきが口から零れる。かれこれ1時間近く追い掛けっこを繰り返しているのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが… 『何故、我ノ邪魔をスル…』 一人物思いに耽っていると前方を走る悪魔がこちらを振り返り声を掛けてきた。端から聞けば耳障りで奇妙な鳴き声である。 しかし、女性はその声を聞くと不敵に口角を上げ口元に笑みを宿した。血を零したような真っ赤な瞳が細められ妖しい光を放つ。 「物質界に平然と手を出すお前らが大嫌いだから」 理由を告げると同時に視界が開ける。どうやら林を抜けたようだ。 とりあえずフゥ…と一息吐き出して小さく「そろそろか…」と呟く。何の策もなく悪魔との追い掛けっこにつき合うほど自分はお人よしではない。 悪魔が自分に向かって来たならその場で一刀両断にする手もあったのだが、生憎悪魔は逃亡に徹している。 まあ、それはそれであちこちに伏線を敷いておいたかいがあったというものだが。 「さあ、皆さん出番ですよっと」 ザッとその場で足を止め軽くパンパンと手を叩く。すると、それを合図に四方八方から祓魔師達が姿を現す。 それに気がついた悪魔も逃げる足を止めるが、もう遅い。 「残念、そこはちょうど地獄の蓋の真上だ」 人差し指で自分の足元の地面を指差しながら悪戯に笑みを浮かべる。 待機していた詠唱騎士達が詠唱を始めると予め地面に書かれていた魔法円が端から順に光を帯び、中央に居た悪魔の動きを封じ込めた。それと同時に興味も失せたのか、女性があっさりと魔法円に背を向ける。 後は任せても大丈夫だろう。自分の役目は悪魔を魔法円に追い詰める事、役目はしっかりと果たした。 あちこちについた葉や土を手で払い落としながらもうすっかり暗くなってしまった空を見上げた。走り回ったせいでお腹が空いた、帰ったらとりあえず何か食べよう。そんな事を考えながら徐々に魔法円から離れていく。 しかし、不意に魔法円の中に居た悪魔が叫び声を上げた事によりその足が一度止まった。ゆっくりと背後を振り返り、その瞳に再び悪魔の姿を映し入れる。 大気を震わせるような気味の悪い鳴き声を上げる悪魔は、最後の悪あがきとばかりに身をよじり魔法円の中から出ようとする。 しかし、悪魔を包囲した祓魔師達がそれを許すはずもなく、詠唱は徐々に進んでいく。 『助ケてクレ…』 『同族ノ女…』 『ソの背に翼を持ツ者ヨ…』 悪魔の気味の悪い鳴き声に込められた言葉の意味を女性…揺嵬だけが聞き取る。吹き抜ける風が揺嵬の髪を揺らし、黒い薄手のタンクトップの隙間から火傷の痕が残る背中が直接外気に触れた。 暑いからといって上着を脱ぐんじゃなかったか。揺嵬は一度目を細めるとフッと口角を上げ笑みを浮かべた。 翼なんて、とっくの昔に焼け落ちた (わかったら、消えて。お前らと同族呼ばわりされるなんて虫ずが走る) >> back |