上司に別れを告げ歩く帰り道。時間も時間なため今日は外で食事を済ませようかと考えていると、不意にジトッと絡み付くような視線を感じた。覚えのある感覚に咄嗟に背後を振り返る。しかし、そこには誰もいない。 「……気のせい、か」 再び前に向き直る。それから何もなかったかのように歩き出すと、それと同時に今まで息を潜めていたらしい何者かが腰の位置にしっかりと鋭利な刃物を構え背後から一気に急接近してきた。しかし、特に驚く様子も見せず慣れた動作でそれをサッと横に避ける。 「きゃっ!!」 「またお前か…」 横に避けた事により鋭利な刃物を持った少女が俺の目の前に短い悲鳴を上げて転がる。少女、こと名前を見下ろし呆れたように言葉を紡ぐと名前はパァッと表情を輝かせこちらを振り返ってきた。 「やっぱり素敵!静雄愛してるっ!!」 人を刺そうとしていた人間が開口一番に言う台詞ではない。しかし、このやり取りも何度か繰り返せば徐々に慣れてくるというもので。 「あのな、そうやって誰彼構わず刺そうとする癖どうにかしろ。やるならノミ虫だけにしとけ」 「えーっ?最近は静雄しか狙ってないよ?ほら、私一途だから」 俺の言葉にさも不思議そうに小首を傾げた名前の言葉にハァ…と一つ溜息を吐き出す。そんな一途、いったい誰が喜ぶんだ。こいつは本当に狂ってる。 「ねぇ、愛してる」 「あー、はいはい」 「静雄は?」 「その刺す癖どうにかしたらな」 「愛してくれる!?」 それが物でも者でも、何でも構わず刺そうとする女。その程度で死なない俺を早々に気に入り毎日のように刺しにくる狂った女。ああ、狂ってる。間違いなく狂ってる。普通ではない、異常だ。なのに… 「……飯は?」 「え?」 「晩飯」 「あー、まだまだ。だって静雄が仕事終わるの待ってたんだもん」 「じゃあ、どっか食べに行くか」 何でこんなに普通に会話をしてしまうのだろうか。怖がらず自分に接してくるから?愛の言葉を告げてくるから?考えてはみるが、どれも近いようで遠い気がする。 「いいの?」 「ああ」 再び名前の表情がパァッと輝く。その手に握る刃物さえなければ、純粋に可愛いと思えるのに、実にもったいない。 まあ、結局は (俺も狂ってるって事か…)(ん?何?)(何でもない。行くぞ) [back] |