絶対絶命。今、まさにその言葉が私達にはぴったり当て嵌まる。背後から追い掛けてくる悪漢達、目の前は真っ直ぐな一本の廊下。隠れる場所はなく、逃げ道も一つしかない。


「先生!このままじゃ追い付かれちゃいますよっ」


ルークの言葉を聞き一度背後を振り返る。確かに、悪漢達の方が移動速度がこちらよりも速いらしい。徐々に距離を詰められている。このままでは追い付かれるのも時間の問題か。何か足止めに使えるものでもあればいいのだが、そう考えを巡らせた時、私の横を走っていた名前が姿を消した。いや、足を止めた。


「名前!?」

「先に行け。ここは私が引き受けた」


走る足を止めた名前は廊下の壁の側に佇む鎧の手から細い剣を取る。そしてそれを2・3度風を切る音を立てて振った後、背後に迫る悪漢達の方に視線を向け言葉を紡いだ。

彼女が無茶な事をするのはいつもの事だが流石にこれは許可出来ない。悪漢は1人や2人ではない、いくら彼女と言えど多勢に無勢だ。


「ダメだ!君を置いて行くなんて出来る訳がないだろう!」

「エルシャール、私と君は親友だろう?信じ合う友なら私の事を信じて先に行け」

「しかし…っ」


迫る悪漢、隣にはルーク、目の前には剣を片手に足を止める名前。道は一本の長い廊下、隠れる場所はなく、逃げ続けるのももう限界。この状況での正しい判断とは何なのだろうか。少なくとも、彼女を置いて逃げる事が最善の手だとは思えない。しかし、私も残るとなるとルークを1人にしてしまう事になる。いったいどうすれば…


「……そうか。君は私の言う事を聞く気がないんだな」


静かな名前の声が廊下に響く。悪漢達の足音をも遮るその澄み切った柔らかな声に、私は背筋に冷たいものが走った。


「なら、君とはここで縁を切ろう。私は私を信じてくれない友などいらない……いや、それは最早友とも呼ばない。さあさあ、目障りだからさっさと消えてくれ教授殿」


一気にまくし立てるように言葉を吐き出した名前がこちらに向けて犬か何かでも追い払うようにシッシッと手を振る。完全に機嫌を損ねてしまった彼女は、これ以上取り付く島もない。以前もこのような状況に陥った事があったが、その時は1週間も口を利いてもらえなかった。


「………すまない」

「…いいから行け。後で必ず追い掛ける」


小さく謝罪の言葉を紡ぐ。すると、それまでシッシッと手を振っていた名前が一度手を止め、今度は普段と変わらない口調と声色で言葉を返してきた。女性を置いて逃げるなんて英国紳士失格だとも思うが、それよりも信じろと言う友の言葉を無視する事の方が彼女にとっては失礼に値する。私は意を決して名前に背を向けると、ルークと共に走り出した。


「…名前は大丈夫でしょうか」


ルークの心配そうな声を聞き、私は走る足を止めぬまま1つ核心を持って頷いた。愛用のシルクハットが飛ばぬよう片手で鍔を持ち、小さく苦笑を浮かべる。


「大丈夫さ。彼女は剣術も嗜んでいるからね」

「でも…」

「………ないんだ…」

「え?」

「私は彼女に、剣の勝負で勝った事が一度もないんだよ」








嗜む程度に最強
(え、それって…)(彼女は強い。私よりもね)








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