◎ 例えば涙が緋かったとして 人の涙は、普通透明のようなうっすら水色のような。透ける色の筈だった。多分、水の中でも純度は高いんじゃないか。透明で、色なんてないばずだろう。 じゃあ、例えば涙が緋なのは? 何で、私の視界は赤い、涙も緋? 目の前で倒れて動かないモノは?赤い赤い赤い赤い視界と、部屋は。生臭い香りがする。何なんだよ、これは。蒸せ返りそうで、詰まってきた息に嗚咽が漏れた。頬を触った。ああ、涙じゃない。返り血だった。 血肉のような、赤いような、人間のような、人間だった筈のような、母だった筈のような、白かったような部屋は。何がどうしてこうして動いて壊れて歪んで消えてこうなった。どうなの、何なの、何でなの? ―――本当にわからない? 《本当は分かってるんじゃないの?》 知らないよ。解りたくもない。知りたくもない、何て。 《嘘つき。わかってるクセに》 ―――知ってる、嘘だよ。 はは、何でこんな冷静なの?おかしくない?本当は知ってるよ、何でこうなってるのか。ただ理解しても、受け入れたくなかっただけ。いつも罵倒されてさあ。私要らないみたいでさあ。刺されたこともあったねえ。殴られたこともあったっけなあ。血が出ちゃってさあ。痛いとかわかんなくて、そう、笑ってた。 「気持ち悪い……!忌み子が!」 知ってるよ。気持ち悪いし、忌み子だし、要らないし、汚れてるし、嘘つきだし、道化師だし。ほら、人だって今、殺しちゃった。 「母さん、」 きっと生きてたら拒絶されるんだろうなあ。 「殺しちゃった」 嫌悪の瞳で見られるんだろうなあ。 「ごめんね」 私、嫌いだったけど、嫌いじゃなかったよ。だってさあ。一応血の繋がりはあったし、育ててもらったし。最後の血縁者だったからさあ。 「だけど、大嫌いだったよ」 自分ほどしゃないけどね。 「あと、ありがとう」 ほら、お世話になったし。嫌われてたけど。 「あと、泣いてなくてごめん。笑っちゃう」 亡骸を見て、笑っちゃう。 「最後に、さようなら」 永遠にさようならだ。 なんてね。 ああ、ごめん。ただの嘘だよ。 |