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8.straighten out a tangled string

『前に話していた取材に付き合ってくれないか。』

『いいですよ。』

クソッタレ仗助に舌を出された数日後、ぼくは半ば自棄になりながら彼女にメールをした。どうせ断られるんだろうと思っていたメールは、いともあっさりと承諾の文面を連れて戻ってきた。

『迎えに行くから場所を教えてくれ』

当日、浮き立つ心を隠しながらぼくは彼女の家まで車を走らせた。

「おはようございます、先生。」

「…乗れよ。行くぞ。」

助手席に彼女を乗せて車を走らせる。
ボリュームを抑えたラジオをBGMに海辺を高台まで。彼女は目的地を聞くこともなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

「…行き先、聞かないのか?」

「…取材なんでしょう?」

取材は行き先ではない。まるでぼくのすることに興味はないと、そう言われているようで苛立つ。

「…ふぅん、山奥に置き去りにされる心配はしなくていいんだな。」

「先生なら、やりかねませんね。」

彼女にその発想はなかったようで、膝の上に握られた拳が僅かに震える。
別に怯えさせたいわけじゃあないのに、どうしてこうなるのか。

「冗談だよ。…ついたぜ、行こう。」

車を降りて、助手席側に回る。
降りようとするななこの手を取ると、彼女は驚いた様子で目の前にある店を見た。

「ずいぶんと…甘そうな店ですね…」

このケーキショップは雑誌やテレビでも取り上げられる程の人気で、中でも併設の喫茶店でしか食べられないクレープは絶品らしい。

「…甘いものは、嫌いだったか?」

「ううん、…すきです。」

幸せそうに告げたその一言に、心の奥がざわつく。別にぼくに宛てた言葉でもないのに、その一言はぼくの中で何度もリフレインする。

「…よかった。」

それだけを返すと、店内に入る。
店員に名前を告げると、窓辺の席に案内された。

「わ、海がキラキラですね。綺麗。」

子供みたいにはしゃぐ姿を初めて見た。
影のある表情は、ぼくがさせていただけなのかもしれないと思う。

「先生!なんか私の知っているクレープとは違うんですけど。」

運ばれてきた皿を前に、目を輝かせている。彩りも鮮やかで、見るからに女性が好きそうな甘いスイーツ。

「小麦粉を溶いて薄く焼いたものの総称がクレープだからな。これはグランマルニエを注いでフランベしたクレープ・シュゼット。甘くないクレープ・サレなんてのもあるぜ。」

「先生すごい!クレープの取材に来たんですか?」

「…女の子がクレープを食べるカットが欲しかったんだよ。」

前回はコーヒーだったし、ななこと差し向かって食事をするのは初めてだった。彼女はとても幸せそうに、惜しげも無く賞賛を投げかけながら食べる。彼女の口に入る料理は幸せ者だと思えてしまうくらいに。

*****

「先生、今日はありがとうございました。美味しかった。」

ぺこりと頭を下げて笑うななこは、まるで別人のような気がした。
おどおどした人を窺うような様子はなくなっていて、それは外で会ったからという理由だけではないような気がする。
ぼくはこの違和感の正体を考えながら車を走らせる。彼女に何があったのか、と。
いくつ目かの赤信号で停止したとき、ふと、考えたくない『答え』が浮かんだ。

聞きたくない。しかしぼくは元来、好奇心というものに滅法弱いのだ。それがたとえ自分の身を滅ぼすとわかっていても。

彼女の家の前で車を止めて、ぼくは問う。

「…お前、仗助に抱かれたのか…?」

付き合っているのか、とは聞けなかった。そこでイエスと言われたら、ぼくの気持ちの行き場がなくなってしまう。これはぼくのワガママだけれど、ダメでもせめて君に想いは伝えたかった。

「ろ、露伴先生には…ッ関係ないじゃないですか…」

真っ赤になって慌てる様は、如実に肯定を表していて。
関係ないと言われたことも、それが事実であったことも、ぼくの頭の芯を揺らした。

「いや、あるね。君はぼくが好きなんじゃあなかったのかよ。」

「……」

無言。
彼女の瞳には逡巡がありありと浮かび、なんと答えたらいいの、と語りかけてくるようだった。

「ぼくは、君が好きなんだ。」

こんな気弱な声、まるで自分じゃないみたいだ。喉がひゅう、と鳴って緊張を告げる。

「君がいなくなって、初めて気づいた。…自分でもなんてバカなのかと思う。」

「戻ってきて、くれないか。」

ぼくに今できる精一杯と言ったら、ただ君に言葉を告げるだけで。
判決を待つ囚人のように、それでもきちんと目を見ていたかったぼくは、運転席で身を捩るようないささか不自然な体勢で、君の返事を待った。

「先生、今更…どうして…」

今更、そうだ。確かに今更と言われても仕方ない。彼女はぼくを好きだと言ってくれていて、それを反故にしたのはぼくの方なんだから。

「…どうしてだろうな。ただ、そばにいて欲しいんだ。」

自分でもわからない。
ただ、取られそうになって惜しくなったとか、そういう気持ちではない。

「…オモチャが無くなったら、嫌なんですか…」

泣きそうな顔で、絞り出すような声で。
そんな顔して欲しくないけれど、ぼくが彼女にそうさせている。その事実が、心に重くのしかかる。

「違う!…違うんだ…ななこ…」

柔らかく、ふんわりと春風のように静かに笑う君が好きなんだ。今日みたいに海を見ながら美味しいものを食べて、幸せそうな君の傍で過ごしたい。
なんならぼくを本にして君に読ませたって構わない。嘘偽りない、ぼくの気持ちを。

「…先生…、わたし、わかりません…」

俯いて、嗚咽を堪えるように唇を噛んで眉根を寄せて。
あぁ、こんな顔をさせたいわけじゃあないのに。もう遅過ぎるって、君はそういうつもりなのか。

「…正直、自分が誰かに恋するなんて…思っていなかった…」

そうだ。ぼくはこの気持ちに名前があるなんて知らなかった。胸のざわつきを解釈しようともせずに、そのまま苛立ちにして君にぶつけた。
言い訳にも聞こえないだろうけれど、それが事実だから仕方ない。

「…先生、…私…今日、楽しかったです…」

「…よかった。」

彼女から零れ落ちる小さな言葉を、取り落とさないように耳を澄ませる。
ななこはパズルのピースをひとつずつ探していくみたいにゆっくりと、言葉を紡いだ。

「…だけど、先生のこと、も、自分の気持ちも…よくわかんない…」

彼女の瞳がみるみる水を湛え、溢れていく。
ごめんなさい、と唇は何度も動き、涙はせわしなく頬を伝う。

「…泣くなよ…泣かせたいわけじゃあないんだ…」

湧水のように湧いてくる涙を、指先でそっと拭う。それから身を乗り出すようにして、彼女を抱き締めた。

「…ッせんせ…あの…」

戸惑ったような声。行き場を失った手。
迷い子のような君を、このまま攫ってしまいたい。

「…まだ間に合うなら、もう一度一緒にいてくれ…」

願うように一言零して、彼女を離す。
ぼくにはこれ以上、何もできることはない。

「待って…ください。ちゃんと、するんで…」

ななこは何かを覚悟したような瞳で、ぼくにそう告げた。彼女の言う「ちゃんと」が仗助とのことなのかはわからないが、待てと言われた以上、待つしかない。

「…わかった。…ありがとう、ななこ。」

ぼくも今日は楽しかったぜ、と言うと彼女はほんのりと頬を赤らめて、にこりと笑った。
どうしてこの笑顔を壊したのか、ぼくは過去の自分を殴ってやりたい。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm