■ 血塗れた指




暴れる細い身体を押さえ付ける。力の糧を摂らなくなった今、彼は配下である俺を退けることすらできなくなった。
暴君の名を憎む者は多い。このまま弱体化したままであったら、他の権力者に狙われた時はどうすれば良いのか。俺一人では敵わない相手など幾らでもいるのだから。

「離せ!」
「出来ません」
「命令に背くのか!?」
「罰は後で存分に受けましょう。ですから今は大人しくなさってください」

彼は弱体化こそしているが、仮にも暴君として名を馳せていた悪魔なのだ。万全の状態の彼では、押さえ込む程度しかできない。
手首を戒めていた片手を離し、その細い首に掛け、ゆっくりと力を加えていく。折れてしまわないよう慎重に。ただ、一時的に抵抗をなくしたいだけなのだから。

「ぐっ……あ゙…!」

彼の色の無い唇から潰した息が漏れる。解放した方の手は俺の腕を掴み、苦しいのだろう、爪が立てられた。ピリっとした軽い痛み。爪が皮膚を突き破ったのかもしれないが、グラスに用意してある人間の血の香りに紛れたのか、匂いでは解らなかった。
その内に腕を掴む力が弱くなった。そろそろだろうか。彼の首から手を外すと、白い肌には赤い痕が刻まれていた。俺自身が直接付けた赤い痣。口付けた後にできる鬱血の印と何処か似通ったところのあるそれは、俺に微かな愉悦を与えた。
だが、そう浸ってはいられない。彼が息を整えてしまう前に血を飲ませて終わなければ。
彼の唇に指を滑らせ、そのまま咥内へと侵入させる。息を整えようと粗く呼吸し開いていて、それは容易かった。口を閉ざしてしまわぬように指で歯を押さえ、グラスに注いであった血液を半分程彼の舌に滴らせる。瞬間、彼はびくりと身を強張らせ、吐き出そうとしてか身を捩らせるが、咄嗟に舌の付け根辺りに指圧を掛け、強制的に喉の奥へと液体を流し込ませた。

「う、ぐ…!」
「……ッ!」

恐らく反射的行動だったのだろう、指を食い千切らんとでもいう程に噛み締められる。しかし、その感触に驚いた様子で力を弛めた。
取り出して見てみれば、真っ赤に染まっている己の指。じくじくと鈍痛を訴えてはいるが、真っ直ぐな辺り骨は何ともなさそうだ。多少なりとも出血はしているだろうが、大方は人間の血だろう。
しかし、目の前の彼の表情は真っ青に呆然としていた。染めた液体を俺の血だと勘違いしたのだろうか。常に冷静であった彼らしくもないが、それは俺を気に掛けているということか。彼ともあろう者が一従者ごときに気を揺らせるなど、腑抜けてしまったものだ。そう思うと同時に、彼に少なくとも大事に思われていた事にひどく高揚している俺もいる。
彼は未だ放心しているようだったが、構わず塗れた手を頬へと伸ばし、拭うように撫でつけた。
日に当たらぬ白い肌に深紅の血はよく映え、俺はその色に目眩した。





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -