■ four
雪のような銀髪を靡かせて、ゼロが跳んだ。
警備員が挙って後を追うが、彼女の軽やかな身のこなしに追い付ける者はいない。住宅街にまで逃げ込んだエリスとゼロはふた手に別れ、追跡を分散させるように屋根の上を縦横無尽に飛び回る。今週雇われたばかりの成人に満たない少年は、その若さゆえか同僚が次々に脱落して行く中、最後までゼロに追い縋っていた。
「待てッ、盗んだ宝石を返すんだッ!」
若さゆえの瑞々しい正義感にゼロは口許を弛めた。エリスらが悪党だと言う雇い主の言葉を鵜呑みにしてしまう愚直さはあるが、しかしながらその未熟な純粋さがゼロの目には好ましく映る。若さが羨ましいなどと言うほど老成しているつもりはないし、自身も未々若輩者であることは自覚しているが、ふとした瞬間に歳に似つかわしくない落ち着きを見せる少女には、それは何処か掴み所の無いものだった。
さて、少しばかりその苦労に酬いてやろうか。年頃の少女らしい悪戯心でもって行き先を悟られぬよう誘導する。愚直な少年に気付いた様子はなかった。街灯の微かな、星光のみがしっとりと照らす公園でゼロは足を止めた。
「さあッ、もう逃げられないぞッ!」
息を切らしながらも勇ましく警棒を構えた少年に、ゼロは理性的な声音でもって告げる。
「ふむ。我に着いてこれる者が二人も居ったとはな」
「は? 何を言って…」
少年が訝しげに目を細めてゼロを見たその時、物陰に潜んでいたのだろう。一人の男がするりと姿を現した。少年は思いがけない新たな人物の登場にただただ驚いたが、ゼロはその見目に内心で静かに感嘆した。男にしては少しばかり長めに感じられる銀髪だが、彼に関してはその繊細な顔立ちによく似合っている。もうすこし幼ければ少女と見紛う中性的な美少年だと、女からは勿論、男からも持て囃されたろう。若い褐色の肌が、月光を受けて白く輝く銀髪を引き立て、その気がなくとも喉を鳴らしてしまうような艶めかしさを産み出している。
「…気付いていたのか」
本気で隠れる気などなかったのだろう。男がさして動揺した様子もなく答える。変声期を順調に終えた男の声だ。耳元で注ぎ込むように囁かれでもしたらころりと熱をあげてしまいそうな色気がある。こいつは¨女誑し¨が上手そうだな、とレイに近い部分が内心呟いた。
「キサマ、気配を消す気も無かっただろう。…して、我に何用だ」
「明の星のエリスに会わせてくれないか。君は彼女の仲間なのだろう?」
「その要求を我が素直に受け入れると思っている訳ではあるまい」
「…そうだな」
敢えてそう冷たく言い放たれたゼロの言葉に含まれるものを読み取った男が腰のデッキに手を伸ばした、その時だった。
「待て待て待てッ!ターゲットッ!!」
「!?」
それまで呆けたように大人しかった少年が、男に向かってデッキを掲げていた。デッキから放たれる光は、しっかりと二人を結んでいる。
「盗人を捕まえるのは俺だッ!邪魔させねーぞッ!」
銀河バトスピ法には逆らえない。男がゼロから意識を逸らした隙を見て、デッキから赤い相棒がゼロに呼び掛けた。
『ほら!今のうちにサッサとズラかるぞ、ゼロ!あんまチンタラしてたら夕飯食いっぱぐれるぜ!』
バトルがしたかった、と後ろ髪を引かれる思いはあるものの、足留めを食らっている間に他の警備が追い付いても困る。ゼロは音を立てず暗闇に溶け込んだ。

バトルフィールドが解除される。正義感溢れる青い少年をいなしたキリガは、ふう、と息を吐いた。
「あの少女は」
「既に遠くへ逃げた後でしょう」
ポンッとカードから戻ったイアンが答える。
「キリガ様、どうされますか?あの少女が向かっていた方角に向かう手もありますが」
「ふむ……新月の 下では調べも 捗らぬ」
「ああ、このような事態であっても俳句を読まれる余裕を見せるとは…流石です、キリガ様!……しかし、キリガ様の仰ったとおり、この月明かりもない夜道を探すのは難しいでしょうね」
主人に盲目なイアンが感動にうち震えるが、直ぐに状況を思い出し、気を取り成す。キリガは特に気にしたようすもなく頷いた。端から見ればコントのようなやり取りだが、幸いにしてその現場を見られはしなかったようだ。辺りに人気はない。
「仕方無い、一先ずはバーで情報を集めるか」
静かで落ち着いた雰囲気を内包しながら、あれでいて噂好きの集まりやすい場所だ。なにかしらの手掛かりが掴めるかもしれない、と考えたキリガは都市の中心部に向かって歩を進める。
「しかし…中心部にある時計塔は何処にいても見えるが、こうも入り組んだ道が続いていると、自分が何処にいるかわからなくなるな」
「都心を離れると、途端にただの住宅街になりますからね。このような所までは観光客も来ないでしょうし、案内板も無いのでしょう」
先程のバトルを挑んできた彼に案内を頼めば良かったですね、とイアンが呟くが、少年はここからさらに郊外の比較的貧しい地域の出身であり、都心になど片手で足りる程度にしか訪れた事がなく、実のところ雇われている屋敷に戻る道もわからないということはイアンらには知らぬ事実であった。さて、どうしようか。夜更けではあるが、失礼を承知でどれかの家の扉をノックすべきだろうか。そう思い悩んでいたキリガに話し掛ける人影が現れた。
「あんたら、こんなとこで何やってんだ?」
ザリ、と地面を踏む音と共に街灯の下に姿を見せたのは、後ろで纏められた長い髪を揺らす、青いジャケットを着た少年だった。ミロクよりは歳上だが、キリガよりは幼いだろう彼はまだ体が出来上がっていないのだろう。格好を変えれば少女に見えるかもしれないような、線の細い体つきをしていた。イアンが眉を顰める。
「ここは都心に近いとはいえ、治安が良いというわけではないのですから。子供がこんな夜更けに一人で来るような場所ではありませんよ」
「子供じゃねーし。たぶん、そっちの銀髪のあんたとそう変わらない歳だと思うぜ」
「『あんた』とはなんですか!初対面だからこそ礼節は」
「よせ、イアン」
名前を知らぬからといって自分の主人を『あんた』呼ばわりされ、苛立ち混じりになおも説教を続けそうなイアンをキリガが制す。この青い相棒は、頼りになるが少しばかり真面目が過ぎるきらいがあった。
「すまないな」
「いいよ、気にしてない。ところでさ、ほんと、こんなところで何やってたんだ?」
「いや、その」
ここら一帯はただの住宅街だぜ?と言った少年に、「道がわからなくてさ迷っていた」と素直に伝えるのは羞恥心が邪魔をして言い難く、キリガもは言い淀んでしまった。
「んー…あんたら、これから時計塔に向かうつもりだったらさ、俺と一緒に行かないか? 一人で退屈だったんだ。時計塔まで話し相手になってくれよ」
「あ、ああ。」


(ここまで)





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