■ one
(銀河バトスピ法が間違ってるかもしれませんが、見つけても見なかった振りでお願いします)




肥えた人間の欲望に塗れた、贅の限りを尽くしたような装飾の施された外装。芝生の敷き詰められた青い庭には、一定間隔で青い制服に身を包んだ警備員が配備している。よくよく見てみれば、ドーベルマンも唸り声を上げて徘徊しているようだ。景観を壊す無遠慮なサーチライトが、蒼い夜空を塗り潰さんと煌々と伸びている。古くから続く素朴な町並みに趣があると一部の者達に好評を得ていたこの星は、一年前に移り住んだ一人の成金によってぶち壊されたとは、周辺星の間では有名な話だ。落ち着きのある色を好むこの星に、金張りのごてごてしい屋敷を建ててしまった。
品性の欠片もないな、と明の星のエリスはそう独り言ちた。その言葉が耳に入ったのだろう、隣に立つ少女は、以前は一面散りばめたような星空が見えていた夜空に向けていた視線を目下の屋敷に向けた。その赤い瞳は射貫くように鋭い。日頃は快活ながらもどこか掴み所の無い少女だが、この屋敷の持ち主には少からず憤りを感じるのだろう。そう検討をつけたエリスは、囁くように言った。
「行けるか、一番星」
「ああ、いつでもいいぜ」
少女はその愛らしい見た目とは裏腹に、荒い口調で答える。エリスはその返答に満足そうに頷くと、「行くぞ」と鋭く言い放ち、屋敷に向かって一気に駆け降りた。少女の方もエリスと同時に逆方向に駆け出している。今回はエリスが陽動を担う作戦だ。
この屋敷の主人である成金の男がこの星にもたらした被害は景観を損なうだけではなかった。そもそもが、この星の特産品に目を付けての移住だったのだ。じっくりと職人達が時間を掛け丹精込めて造る陶器や漆器がこの星に住まう人々の生計を立てていた。数が造れないため値の張る品ばかりだが、その美しさから世の収集家たちは挙って買いに来ていた。しかし、男がどんな手を使ったのか、その職人達が造った品々を安く買い叩き、収集家にはこれまで職人達が売っていた値段で売り捌いている。男の懐には莫大なマージンが流れ込んでくるが、安く買い叩かれた職人達には原価分すら在るか無いかの端金しか入ってこない。日に日にこの星の景気は落ち込んでいった。
今回エリスが、職人達が造った品々を頂く、と予告状を送ったのはカモフラージュで、本当の狙いは件の成金男にバトスピ勝負で勝利し、この星から退散させるためだった。態々このような回りくどい方法を取らなくても、直接勝負を挑めばよいのではないかと思うかもしれないが、成金男はある程度知恵が回るようで、外出の際には護衛を侍らせて自分はデッキを持ち歩かない。銀河バトスピ法ではターゲットされていない者には当人が承諾しない限り強制力はないため、成金男本人をターゲットしなければ拒否されてそれでお仕舞いだ。幸いと言って良いのか、成金男はバトスピの腕はそこそこであり、屋敷内では使用人を捕まえては相手をさせ、勝利に酔うのが趣味だった。つまり、屋敷内であればデッキを持っている可能性が高く、そこを突く作戦だ。エリスの腕は宇宙に知れ渡っているため、彼女の姿がなければ怪しまれてしまうだろう。だから今回、エリスは自身を陽動とし、少女を本命と据えた。少女のバトルの腕はエリスにも引けを取らないどころか、それ以上かもしれないとエリスは見ている。一ヶ月前に拾ったばかりの少女だが、エリスは彼女の人柄も腕も信用していた。
警備の数は立派だが、質が悪ければ意味はない。エリスは誰にも見付かること無く宝物部屋の天井裏までたどり着いた。目下の室内にも警備員は居たが、成金男の姿はない。予想通り自室で呑気に部下を相手に嬲るようなバトルでもしているのなら好都合だ。少女が上手くやり遂げてくれるだろう。さて、自分は自分の仕事をしなければ、とエリスは再び目下を確認する。警備員5人程度ならばターゲットされたとしてもエリスの敵ではない。巷を騒がせる怪盗、明の星のエリスは音も無く彼等の死角に降り立った。

***

時同じくして。男は執務室でカードの背を撫でながら独りぼんやりとしていた。身に付けるもの、飾り付けるものらは全て、悪どいことをしながらも、スラム街で育った男が一代で築いた富たちだ。スリや盗みで小銭を稼ぎ飢えを凌いでいた、当時はまだ少年だった男がある日落ちていたデッキを拾ったことから始まった。悪運が強く、そこそこのバトルの才能があったらしい男は瞬く間に金持ちになった。今では腹を空かせて餓えに耐える必要は無くなったし、嘗ては自分を汚い塵でも見るような目で通り過ぎていた大人達が、へこへことみっともなく頭を下げて男に縋り付く様を見るのは気分が良かった。けれど、欲しかったものが全て手に入るようになったというのに、男は何処か満たされない自分を自覚していた。豪奢な芸術品も、部下を相手にした手慰みのバトルもその穴を埋めてはくれない。明の星のエリスからの予告状が届いたものの、男は惰性的に警備を配置しただけだ。意地汚く群がるハイエナ共が居るから表立っては言わないが、好きなだけ持っていけばいいとさえ考えていた。惰性的に悪どく金を稼ぎ、惰性的に金を使う毎日に男は飽きていた。ならば、悪どいことを止めれば良いのではないかと思うかもしれないが、人間とは不思議なもので、悪癖だとかいうものは止めようと思ってもついつい習慣的に行ってしまうものだ。男の悪どい稼ぎ方は、もはや悪癖となって男の体に染みついていた。
ああ、退屈だ。男がぽつりと呟く。何者にも聞かせるつもりのない溜め息だった。しかし、それを聞とめた招かざる客が居た。
「なら、俺と勝負しようぜ」
男がハッと意識を戻すと、執務机を挟んだ向こう側にいつの間にか少女が立っていた。まだ柔らかさを残した幼い輪廓に、大きな目の愛らしい顔立ち。ローサイドに括られた真っ赤な髪が、闇に溶けるような黒い衣装に映えている。タンクトップとショートパンツから伸びる白く瑞々しい手足が黒と白のコントラストのようで眩しい。そして、真っ直ぐ射貫く眼差しの瞳は、燃えるような赤だった。
「ターゲット!!」
少女は見惚れる男に構わずベルトのケースからデッキを取りだし、男に突き付ける。男の胸元が四角く光輝いたのを見て、ニヤリと口角を上げる。男がしていたならば正に悪役のそれである表情だが、目の前の少女では、悪戯を思い付いた子供の顔でしかなかった。
「俺が勝ったら、あんたら全員この星から出てってもらうぜ!」

赤を基調としたバトルコスチュームに身を包んだ少女が、これまた真っ赤なドラゴンに指示を出す。もうフィールドには男を守るカードはなかった。臍を噛みながら、ライフで受けると宣言をする。赤いドラゴンが障壁に体当たりして生じた爆風に吹き飛ばされると同時に、最後のライフの光が消えた。勝負が決着すると共にバトルフィールドが消え失せ、元の執務室に景色が戻る。仰向けに伸びた男はしかし、重い瞼を上げてその目に焼き付けるように、自分を負かした少女を熱の隠った目で見る。そして男は渇いた唇を嘗め、少女に聞こえぬよう吐息だけで呟いた。
『欲しい』と。
真っ赤な彼女の、灼熱の炎のように熱いバトルは、冷めきっていた男の心に火を着けた。
赤いローサイドテールを揺らした少女は、鮮やかに男の心をも奪ってしまったのだった。





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