それから暫く経過して。それからってのはオレが人体模型と籠城を決め込んでからな。パタパタと走る上靴音。一瞬ギクリと息を止めたが、よくよく考えてみれば、ゾンビって走れねぇよな。少なくとも、スクリーンの向こうでは。好奇心がそわそわ、疼く。オレ同様、クラスメイトを見棄てて逃げてきたハクジョーモノ。誰だろうか、女だろうか、男だろうか。ハクジョーモノだが、危機察知能力が優れているのに違いはない。リビングデッドが生まれた町は、すべからくサバイバルアクションゲームと化すのであるからして、他所様のタンスから勝手にアイテムを頂く勇者よろしく仲間を雇わねばなるまい。酒場はないが。
大きな音を立てないよう、極力気を付けて鍵を開ける。カチャン。そっと隙間を作って、よし待機完了。パタパタパタパタ。…足音の主が目の前を通り過ぎようとした瞬間、拐い人よろしく背後より奇襲。口を塞いで胴を絡めとり、我が仮の拠点へと引き込んだ。カチャン。再び鍵を閉める。よし、クエストクリア。これで報酬がゾンビだったらオレはコントローラーを投げたね。まあ、素手にあたる皮膚は温かいし、何やら一度も暴れる事無く大人しいので、ハズレではないらしかった。変に騒いでヤツラを呼び寄せてしまうようなヘマはしないお方らしい。心優しいオレは、拘束を解いてやった。
「って、アレ?」
そこにいたのはクラスメイトの優等生こと学級委員。名前は忘れた。しかし、まあ。この男に級友を見棄てる勇気があったとは! 人は見掛けによらないねぇ。
「委員長じゃん。どうしたの?」
「…田仲こそ、こんなところまで来て。何をするつもりなんだ」
体勢を整えながら睨んでくる委員長。優等生サマは文武両道に眉目秀麗並びに性格良しと、全世界の男共を敵に回していらっしゃるので、今みたいに青ざめた顔で気丈に睨むその姿はなかなかに訳の解らない優越感に浸らせてくれる。
「何って、避難だよ。委員長だって逃げてきたんでしょ?」
「…何、からだ」
言うなよ、と青ざめた委員長の真っ黒い目が訴える。だがしかし、オレはケーワイキャラなのであるからして、可哀想な委員長には事実を突き付け刺し貫いてやる心づもりで告げてやらねばなるまい。
「ゾンビ」
びくり。委員長の体が揺れた。こうかは ばつぐんだ !…なんてシステムメッセージが見える気がする、見えないけど。そしてまたケーワイに不思議そうな声を掛けてやる。
「いいんちょー?」
「…おまえにはゾンビに見えたのか」
「えー、違うの?」
「俺が見掛けたのは、生きた人間とそう変わらなかったぞ…所々怪我をしていたみたいだが。俺たちと変わらない肌色だった」
「ん?オレが見たのもソレだよ。血塗れなとこ以外は普通の人間っぽかった」
いわゆるパールオレンジ色してた。まあ、出血のせいか顔色は悪そうだったけど。
「でもさ、普通の人間は共食いなんてしないじゃん」
ましてや、昼の、しかも人の目のあるところでなんて。理性が働いていない確たる証拠じゃないか。そりゃ、オレの鈍いと言われる本能だって生命の危機を察知するわ。暢気に平和ボケしてると死んじゃうかもよ〜、ってね。
「っ……」
オレが珍しく正論を申すので、委員長はぐうの音も出ない状態というものらしい。顔を附せ、押し黙った。
「っていうかさぁ、どうする委員長ー?」
そろそろイヤぁーな足音が聴こえて来てますけど? あーあー煩い呻きと共に。ちらりと埃っぽくて黒いカーテンの端を捲って外を確認。あ、若くて美人で男子生徒に一番人気の小町センセじゃないですかー。こんなところまでなにをしに? あっ、食いモノを捜しにですか。冗談じゃない、食われてたまるか。まだまだ未来は長いんだからこんなトコで死にたくねーよ。と、いうわけで。
「委員長、ゾンビ来てる。素通りするならそれでいいけど、襲ってきたら反撃する準備しとけよ」
ひそひそ。戦の準備である。未だ固まる委員長の使え無さにガッカリしながら武器を探す。うーん仕方ない、椅子でも使うか。振り回しにくいがこれも立派な鈍器である。ぺたり、ぺたり。ピンクのエナメルヒールは王子様を追い掛ける為に脱ぎ捨ててしまったようだ。虚ろな目で廊下を往く元美人。んー、ソッチ趣味な人なら泣いて喜ぶんじゃね? 生憎とオレはノーマル一直線なので、所々破けたスーツには情欲を掻き立てられることはなかった。うげえ。距離が縮まってきたので顔を引っ込める。ドア越しに耳をすませ、そのまま通り過ぎてってくれよと願う。ぺたり、ぺたり、ぺた…。止まった。足音が。この扉の前で、おそらくは。いやいやいや、ここにはセンセの求める王子様はいらっしゃいませんよ貴女の王子様は彼方に向かわれましたさあ早く追い掛けるないと間に合いま……ぎゃぁ! ガタガタガタガタ!扉が振動する。やばいやばいやばい!鍵が徐々に上がってってる。なにこれ、なにこれ、いざ危機へと直面すると体が動かない。鍵を下げないと、ああでもそんなことしたら確実に中に誰かいるとバレてしまう。こんな時は何が正解なんだ?オレの死ぬほど嫌いな理科の問題集には載ってんの?あのどの教科より分厚いやつ。だったらこれからは提出期限に間に合うよう答え合わせまでちゃんとするから、だから何とかしてくれ。とりあえず椅子の足を強く握りしめ、持ち上げる。いつでも振り下ろせるように。でもちゃんと振り下ろせるのか、オレ。こんなもんで殴ったらヤベーんじゃねえの?ぐちゃぐちゃになっちまうんじゃねーの何がとはな言えないが。ばくばくばくと心音が煩い。ああああああ叫び出したい。出る。心臓が出る、出てしまう。カチャン、ガラッ。今しかないと椅子を振り下ろす。ごいん。手応えはあった、けど。ゾンビは倒れてない、突っ立ったまま。ギロリと黄色く濁った目が此方を見る。
「っ……!」
声も出ない。爪の剥がれた血塗れの指が此方に延ばされる。動かない。体が動かない。ああいやだまだオレは死にたくない死にたくない! オレの首まであと二センチ。ガチュン!ごん!
「……は」
目の前のゾンビが吹っ飛ぶ。そして廊下へと叩き付けられていた。はあはあはあ。自分以外の荒い息が聴こえてきて、そういえばオレ息を止めていたと気付いた。横を見れば髪を乱した委員長。手にはオレと同じ椅子が一つ。顔は伏せられていてわからない。なに。
「…委員長が、やったの」
ゾンビを。小町を。…元人間を。ぞわり、とした。
「…死にたかったか」
「……」
「なら、俺から遠く離れたところで死ねよ」
お前が俺を襲うリスクを少しでも減らしてから、逝け。お前一人の我儘に俺を巻き込むなよ。と。そう委員長は仰り、吐いた。汚ねぇが、オレも貰いリバースしそう。多分今ならゾンビ見ただけでいける。ていうか、ダサい。ダサいよ、委員長! とりあえず落ち着いたらしく、顔を上げた委員長の目は何時も通り何考えてんのか分からない真っ黒いガラス玉だった。口の中が酸っぱくて気持ち悪い…とか呟いてやがる。当たり前だ。
「取り敢えず、此処から離れた方がいいな」
「…へーい」
「ついて来る気か」
「最近のゾンビゲーはマルチプレイを推奨してんの、知らない?」
「…勝手にしろ」
開いた扉から教室を出てった委員長に続く。って、あれ?そういやこの扉は… 全世界の男共(一部除く?)が嘆くような顔面にされた小町を見て、オレは委員長と同じ思いをした。委員長からは呆れた目で見られた。解せぬ。…あー、口ん中がすっぺーわ。




さよなら、      
多分愛していました


(詰まらない日常!)
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