Days


久しぶりに
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 久し振りに友人が訪ねてきた。最後に顔を会わせたのはもう何年前だろうか。学生の時分に素っ気ない別れの言葉と共に道を違えてから、それっきりだった。そろそろ結婚を考えるだろう歳になった男よりひとつ年下の友人は、年相応の成長はしていたが、瞳の中はあの時のまま、大人になりきれなくてもがいている子供のままだった。それを見て男は理解する。ああ、彼の時間はあの時から止まったままなのだと。子供のまま、しかし身体は大きくなった友人の骨ばった大きな手は、とても小さな、ふっくらとした手を引いていた。快活そうな、意思の強そうな青葉色の瞳をしている。初めて見る男に、きょとりと目をまるくさせて、赤いシャツの裾を握りしめながら、物怖じせずこちらを見上げてくる子供に、男はかつて初恋の少女が男の嘘を見透かすようにじっと見詰めてきた時に感じた、居心地の悪さに似た何かを感じた。男勝りで、男と友人を引っ張ってくれていた少女に、男も友人も子供らしい、しかし何時かは濃く色付いてゆくのだろう、淡い恋心を抱いていた。青葉色の瞳が印象的な少女だった。そうだ、この子供は彼女と同じ色の瞳なのだと男は気付いた。顔立ちは彼女に似ていないが、この吸い込まれるような瞳がそっくりなのだ。この子供はいったい何者なのだろうか。友人の子かと考えたが、それにしては全く似ていない。友人の子ではないのだろうとわかっていながらも、男は友人に聞いた。
「結婚したの? その子、君の子供?」
「結婚はしていない。こいつは先月引き取ったばかりだが。そうだな、俺の子と言っていいだろう」
予想していた答えだったが、友人の口から子供を引き取ったと聞いてどきりとした。急に、目の前の友人が別人に成り代わってしまったように感じたのだ。目の前の、男よりひとつ年下の友人は、男の中ではあの別れの日のまま、ようやっと法的に婚姻が認められた、しかし子供からは抜け出せていないこどものままだった。男の中の友人と、目の前の友人の落差を突きつけられて動揺したのだった。
 男の中では少女も友人も、まるで穢れの無いこどものような、穢してはいけない聖域の様な、そんな存在として居付いていた。二人をそんなところに位置付けていたことに気付いた男は、内心自嘲した。変わらないものなんてあるはずが無く、自分たちの無垢なこ子供時代は早々に終わりを告げていたのに。あの時、少女は女性に成って、彼女にとって子供時代の象徴だった男と友人に別れを告げた。彼女は気付いていたのだろうと男は思った。友人がおとなになろうとしていたこと、男が一足先におとなに成っていて、彼女の前ではこどものふりをしていたことに。居心地の良い子供時代が、既に終わりを迎えていたことに彼女は気付いていたのだろう。
 吐きかけた溜め息を引っ込めて、ずっと男を見続ける青葉色の瞳に笑いかけた。子供は大人の機敏に敏感だ。いらぬ誤解を招いて子供を泣かせてしまうような趣味は、男は持ち合わせていなかった。それに、久々に会った友人、ましてや子連れに玄関先で立ち話をさせることはないだろう。男は彼らを家に招き入れることにした。「積もる話もあるだろうし、あがってよ」と彼らを促す。友人は相変わらずのふてぶてしい態度で躊躇う事無く靴を脱いだが、子供は手を引かれながらもじっと男を見詰めるばかりで靴を脱ごうとしなかった。男は靴を脱がせてあげた方がいいのか子供に聞こうとしたが、まだ子供の名前を知らないことに気付いた。
「そういえば、その子の名前を聞いていなかったね」
「ワカバだ。あいつの子供にぴったりの名前だろう?」
男の笑みをうかべていた表情が一瞬固まる。まんまるの大きな目を向けるその子供に、最初に感じた居心地の悪さの正体がわかった。それは、男がその子供の瞳を通して彼女に感じた罪悪感だった。

07/16 16:21 * 0 


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