嘘だと信じたかった。ちょっとしたジョークだと、いつものように笑う彼の顔がそこにあると信じていた。
――けれど、その言葉は鋭く、冷たく、そして何よりも痛かった。

「お…前、今、なんて、」
「誰やって聞いとんのや。答えぇ」
「何言うとんねや、俺は―」

息を飲んだ。俺を映す瞳は、見たことのないぐらい冷たかった。嘘を言っているような目ではない。彼は本当に、本当に。

――…全ての時が止まったかのような気がした。外では蝉がジィジィと呑気に鳴いている。それは静寂を遮る音としては充分であった。


「坊、どないしはりました?もしかして廉造がまだ起きひんとか――」
「柔兄!」
「うおっ!?…なんや廉造、急に甘えてなんかきよって」

俺の事を心配してか部屋に来た柔造の姿を彼が捕らえた瞬間、俺の視界から彼が消える。目に映るのはただ脱け殻になった白い布団だけだった。





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「廉造が記憶喪失ぅ?!」


あの後、俺の事を知らないと泣きつく廉造を不審に思った柔造が病院に行った所、廉造は何らかの原因による記憶喪失だと診断された。――失ったのはほんの一部だけの。
それを知らされて真っ先に声を上げたのは彼の兄の一人である金造だった。金造は廉造の目の前に立ち、何を思いついたのか怪しい笑みを浮かべた後「天下無敵の金造さまやで!敬え!」とそれはもうドヤ顔で言い放った。
恐らく記憶を無くした廉造にそう言えば信じ込むとでも思ったのだろう。しかしそんな金造を前に廉造は眉を潜めて「金兄いつも以上に頭おかしなったな」と返していた。もちろん喧嘩になったのは言うまでもないが、他人の俺から見ても赤っ恥をかいた金造は同情してしまうほど不憫なものである。
それにしても、金造はもし廉造が自分に対する記憶を失ってしまっていても寂しくないのだろうか。生を受けてから今まで築きあげたたくさんの事柄が「記憶喪失」という四字熟語で片付けられてしまうというのに。…最も、その現状に置かれないと解らない苦しみかもしれないが。

俺は"いつも通り"の廉造を"違う人"として、ただただ遠くから見つめる事しかできなかった。








02.



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