「志摩、起きぃ」

ガタンと襖の開く音がする。その方向にゆっくりと目線を向けると、黒い髪をしたつり目がちな男がこちらを見ていた。






 






「…どないしてん、そんなボケっとして」

様子がおかしい、と黒髪の男は近付いてくる。…見たことのない顔だ。それに何故俺の名を知っているのだろうか。疑問ばかりが頭に浮かぶ。
男はドサリ、と音をたてて俺の横へと腰を降ろした。近距離で見れば見るほど恐い顔をしている。眉間には刻みこまれたような皺が揃っていた。

「…あの、」
「? なん?」

小さく声を出してみる。俺は性格上、知らない人だからと怯えるような男ではない。少なくとも彼は俺の様子が変だと心配してくれるような人だ。きっと優しいに違いない。
俺はまず、見覚えのないこの場所について聞いてみる事にした。彼は黙って俺の発言を待っているようだった。うっすらと、されどハッキリ口を開く。


「…ええと、
ここはどこなんやろか?」


「………は?」

――…なんやこの人。
人が質問しとるいうのに「は?」って。「は?」って何や。失礼にも程があるやろ。いや、もしかしたら聞こえんかったとか?でも聞き取れへんような声出してへんし、耳が遠いとかやろか。
そう自問自答を心の中で繰り返している時でさえ、変わらず彼は意味が解らなそうに――いや、驚いているかのように目を開いていた。眉間の皺が、さらに深く刻まれていく。

「やから、ここがどこなんかって――」
「何、言うとんやお前、」
「え」
「頭でも打ったか?それともなんのボケや?」
「は?、」
「自分が誰なんかとか解るか?」

男はまったく非常識な言葉をかけてくる。自分が誰かぐらい解るわ。当たり前やろ。この人こそ頭打ったんとちゃうやろか。…けれど男の顔は真剣そのもので、俺の事を本当に心配してくれているようだ。眉尻を下げて俺の目をただまっすぐに見てくる。
しっかりと据わった、澄んだ綺麗な瞳だった。


「し…志摩、廉造」
「! ほなここが何処か解るな?」
「…家?」
「誰のや?」
「……解らん」
「ほな、昨日した事は」
「昨日…?」
「いつ誰と、何処でどないな事したかとかあるやろ?それから――」

彼は答えきれないほどの質問を俺に浴びせる。…もしかすると、確認しているようなフリをして俺の事を知ろうとしているのではないだろうか。知らない人がプライベートの事を聞いてくるのには絶対に答えるなと幼い頃兄にきつく言われ続けてきたのをふと思い出す。


「…ちょっと疲れとるだけか…?もうちょい寝かせとった方が、」
「――あの、俺聞きたい事があるんやけど」
「…何や?」

兄の声が、頭の中でこだまする。幼い頃に教わった、こういう時の対処の仕方。対処の、言葉。

―…この時俺は、この後の出来事など何も予想していなかった。
たった一言、それだけの言葉が深く見えない絆を意図も容易く裂いてしまうなんて。










「――あんた誰や?」







――自分の言葉を後悔する事になるなんて、

思ってもいなかった。






01.




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