彼は酷く単純な人だ。

実は単細胞なんじゃないかというほど単純でぶっきらぼうなのに、中身は凄く繊細な人である。
例えば少し、何か気に障る事を言うと途端に表情を曇らせたり、何も言わずにトーン低く「…ほぉか」とだけ返してきたり。カチンときた言葉には流石に言い返してきたりもするが、その言葉は自然と柔らかくなっていて心なしか、相手を出来るだけ傷つけないようにと彼は物を言う。周りを良く見ている彼は、他人が一日を過ごしやすいように自然と悪役に買って出たり細かな気遣いをしていたり。
――そんな彼のそういう所がたまに、本当にごくたまに、無償に腹が立つのだ。

「…竜士君の、ばか」

ぽつり。至って何も変わらない、いつもと同じ彼を見ていて我慢出来なくて出た本音。竜士君はいちよう私の恋人なのだが、細やかに利く彼の気遣いには誰もが簡単に好きになってしまう要素がある。良く見ると彼は凄く整った顔立ちをしていて本当に格好良いので、容姿が不良チックでなければ女性に囲まれる日々を送っていてもおかしくない。現にこの身なりであっても彼を良いと言う声をよく聞くから、もしそれさえまともにすればきっとこの優しさや声色に惹かれる女性は後を絶たなくなるだろう。だから、欲を言っているのは解っているけど――竜士君を見ているのは私だけで良いと、竜士君の優しさや温かさは私だけに向けてほしいと、自分でも解るくらい最悪な事を思ってしまっている、のだ。
――…そんな事、竜士君は知らない。

「…はぁあ!?い、いきなり何言い出すんや!失礼にもほどがあるわ!」
「りゅ、竜士君がいけないんだよ!竜士君が、っ、」
「俺が、何や」
「っ…、もう、知らない…!竜士君の、ばか!」

今考えれば、つい出てしまった言葉は本音、なんかじゃなくてただ構って欲しかっただけで。
だからって前言撤回と言えるような純粋さが私にあるわけでもなくて、口ごもる。簡単にその言葉の理由が――嫉妬、だなんて言えるワケもなくて。

「だからお前は何に怒って…!…っ、は?え、ちょ、奈乃お前何で泣いて、」

なんだか私だけが竜士君を好きみたいで、同時に竜士君を縛ってしまいそうな私が憎くて、苦しくなる。気づけばボロボロと目から涙がこぼれ落ちていた。

「竜士君なんか、竜士君なんか…っ、ふぇ、」
「な、ななななん、俺なんかしてもうたか…!?す、すまん、とりあえず泣くんやない、な?」

ワケも解らず勝手に自分の名を呼びながら泣かれているだなんて、どれだけ迷惑な行為だろうか。頭では理解していても感情はついてこなくて、涙は止まる事を覚えない。そんな私の流れる涙を竜士君は指でぬぐい、時より優しく頭を撫でてくれる。そんな竜士君の優しい気遣いに、私は何ていう事を考えてしまっていたんだろうと、胸が痛くなる。でも、この優しさに悩んでいるなんてそんな事――――…
竜士君は泣き続ける私に「正直泣かれるような事したか、っちゅうんは思いつかん。ホンマに堪忍な。落ち着いてからでええから、ゆっくり話してくれ」と声をかけた。そんな優しさに、やっぱり私の心は、








「…で。泣いとった理由は俺が誰にでも優しゅうするから嫉妬…やて?」
「…うん」
「奈乃、お前それ…解ってて言うてんのか」
「?何が?」
「…いや、なんもない。とにかく、や。俺は誰にでも優しゅうなんてせぇへんし、それに、奈乃だけは」

誰よりも特別なんやから。
そう、竜士君は笑って言った。



アネモネは赤い涙をひた流す



(そんな笑顔が眩しすぎて、やっぱり少し妬いちゃうんです)


20110922 黒豆
        <祓!>

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