「竜士君、これ、日本一怖いって有名なお化け屋敷のチケットなんだけど、一緒に行」
「嫌や」

つい先日、廉造君に「坊とでも行ってきてください」と笑顔で手渡された二枚の長細い紙切れを右手に、その言葉どうり勇気を出して彼を誘って見たが返事は私が言い切る前に、しかもきっぱりと断られた。
竜士君とはあまり一緒にどこかへ出かけるわけではないし、付き合っていると言うのにそれらしい事をした事が無い。まして、奈乃が好きや、なんて言葉を未だ一度しか聞いた事が無い。
別に多くを求めているわけではないから、竜士君とお付き合い出来ているだけで幸せだって思うのだけれど、でも

「な、な、な、なんで」

しかもせっかく勇気を振り絞って誘ってみたのに、一言で、しかも嫌や、なんて。
悲しくて、辛くて、なんだか苦しくて。でもどうにも出来なくて口をパクパクさせてると、竜士君は小さくため息をついて口を開いた。

「なんでて…あんなぁ、俺は仮にも坊主や。お化けより怖いような悪魔なんかごまんと見とるし、お化け屋敷なんか人間が化けたもんやろ。そんなもん何も怖ない。お化け屋敷怖ないようなやつと行ったって、奈乃はなんにも、」
「――違うよ!!!」
「っ!」

びりびり。思いきり叫んだせいか、その振動が手のひらまで伝わった。私の声に竜士君は身を固まらせたが、私の想いとは全く裏腹な言葉を放った彼に迷わず、言葉を続けた。

「あたしは…あたしは、そんなつもりで竜士君を誘ったんじゃない!」
違う。私はただ、竜士君と、

「っ!奈乃!おい、待てぇ!」

バタバタ、その場に居られなくなって走って逃げ出す。竜士君の静止の声が聞こえたが、私の耳をすり抜けて行った。

…違う、違うよ。
私は、ただ、竜士君と出かけて、二人だけで笑い合って、楽しく過ごしたかっただけ、なのに。 竜士君がお化け屋敷なんて物を怖がるなんて、最初から微塵も思ってない。たくさんの悪魔を見て、たくさんの悪魔を退治してきた竜士君が、怖がってくれるとは思っていない。
きっと、俺が行っても奈乃が楽しくないから行きたくない、なんてそれも竜士君の優しさなんだろうと、私を思って言ってくれてる事なんだろうと解っているがやはり、一人の女の子として、悲しい。
その時ふと、廉造君の顔が頭をよぎる。ごめん、ごめんね。せっかくチケットくれたのに、上手く誘えなかったや。
涙が溢れる。零れ落ちてしまうのをなんとか、我慢する。――すると、右腕に強い痛みがはしった。

「――待て、言うてるやろ…この阿呆…!」
「!…竜、士く、」

目の前に現れた見知った姿を見ると、我慢していた涙が一気に溢れだした。私を必死で追いかけてきたのか、肩で息をしながらもしっかりと私を見つめる、強い眼差し。あぁ、彼はこんなにも、
ぼろぼろ、ぼろぼろ、目から涙が止まらない。みっともない。自分から走り出してきたのに、泣くなんて。
そんな私を見てか、竜士君の顔はどこか苦しそうに、悲しそうに、それでかつ安堵を見せるような表情へと崩れた。
そして、束の間。
気付けば私はぎゅう、と力強く抱き寄せられていた。
竜士君の上がる息に比例して、ドクドクと彼の心臓もまた素早く脈を打つ。耳元でなる彼の命に、何も言わない竜士君からひしひしと伝わる彼の気持ちに、胸が熱くなる。

「堪忍…!あんな事言うて、ホンマに悪かった…!せっかく奈乃が誘ってくれたんに、その気持ち無駄にしてもて、ホンマ、なんも解ってへん男で、すまん…!」

竜士君の腕に、一層力がこもる。けれど、それは決して痛くなく、優しくて温かいものだった。

「俺、男やのに、奈乃に何も出来んで…。話したいし、出掛けたりもしたいし……でも、恥ずかしい話、緊張してもてな…。……、あんな、今からでも遅ないなら」
す、と竜士君が力を緩め、私を体から離す。竜士君は私の目線に合わせようと少し屈んで、私の頬を大きな右手で包んだ。

「俺と、お化け屋敷…、に、行ってくれへんか…?…きっと、楽しませてやる事は出来ん思うけど、その、奈乃が俺と一緒で、良いんやったら」

……あぁ、ずるい、や。
急に、こんなに優しくするなんて、そんな、

「……もちろん、お願いします…!」





遠回りの愛



(その後私達は、二人で優しく笑って、そっと唇を合わせた)


20110810 黒豆



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