(▼バッドエンド注意)





反射的に流れてまう涙には、どう対処したらええんやろか。




――もうそろそろ切らなアカンなあ。

少し伸びた前髪を整えるように、指先で触ってみる。

自分の髪の毛は基本、兄である金造が切ってくれていた。だが、聖十字学園の寮に出た今それを行ってくれるような人物は周りに居ない。何度か自分で切ろうとハサミを手にした事はあるのだがどうも上手くいかなかった。きっと自分にはそのような美容センスが無いのだろう。変な前髪だと笑われ自己嫌悪に陥った日が何度あった事だろう、数えきれない。


「……、坊なら切ってくれはるかな」

ふと頭に思い描いた人は幼い頃から人生を共にした人であり、俺の想い人だった。無論彼に想いを告げるなど今後するつもりもなければそれに対しては自分の中でノータッチでいく予定である。

そんな坊は、いろんな方面で多才でありとてつもなく器用である。俺のこの髪を染めてくれたのも坊だったし、面倒見の良い坊の事だ。頼めば髪も切ってくれるだろう。…逆に、断られたらそれはそれで傷つくのだが。坊の露骨に嫌な顔を想像して苦笑を浮かべ、寮にいるであろう彼の元へ足を進めた。



「ぼーん!ただいま帰りましたえー!」

勢いよく扉を開けて、いつもと同じ満面の笑みを作る。――そこで、いつもと何処か違う様子に違和感を覚えた。
喧しわ!とかもっと静かに開けえ!とか、そんな叱りの言葉が返ってくるはずなのに、応えてくれるのは沈黙だけ。
おかしいと思った。もしかしたら外出中なんじゃないかなんて考えは出てこなくて、ただ俺の直感が悪い予想だけを引き起こしていた。

靴を乱暴に脱いで部屋へと駆け込む。心の何処か片隅で、坊は部屋にいはると淡い期待を抱いていた。消えるか灯るかの境目の火のような、ほんの僅かな期待を。


「坊!!」

部屋を覗き込む。静まり返った空間が、耳に心臓の音をハッキリと伝える。予想は的中した。それも最悪な形だった。


――なにもない。
彼がいたという証がまるで嘘のように、俺と子猫さんのもの以外は全てなくなっていた。
がら空きになってだだっ広くなった部屋には、微かながらに彼の匂いが残っていた。

「……そんな、」

彼は、何も言わずに俺の前から姿を消した。まるで俺に気付かれたくないように。まるで俺に、何かを伝えるかのように。

志摩、と俺に微笑みかける坊の顔が浮かんでは消える。俺宛の笑顔はいつから偽りへと変わっていたのだろう。坊はずっとどんな思いで俺と、


――力が入らなくなって、ガクリと膝が落ちる。込み上げるのは抱えきれないほどの罪悪感と絶望感だけで、フラッシュバックする記憶や思い出がまるで消えてしまうかのように真っ黒に塗りつぶされていった。


どうか、どうか、


(全て嘘だと言ってください)

20120201 黒豆
         <祓!>

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